【2021/03/29】
人影は数えるほどしかない。3月中旬、平日午後7時の長岡市・殿町地区。歓送迎会シーズンで本来はにぎやかなはずの繁華街は、遠くを歩く2人組の話し声がよく聞こえる。その靴音もJR長岡駅に向かって遠ざかると、街からは音が消えたようになった。
「1週間に2日も3日もお客さんがゼロって経験はなかった。最低の最低だよ」。パブ「ザンパーノ」を構えて32年になる小林守男さん(69)が嘆く。
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殿町地区では今月初め、飲食店で新型コロナウイルスのクラスター(感染者集団)が発生した。程度の差はあるが、どの店もこの1年はウイルス禍に苦しんだ。クラスターはそこに追い打ちをかける。
小林さんの店では、落ち込んだ売り上げが昨秋に少しばかり上向いた。しかし、年末から再び客足が遠のき、年が明けた1月からまた急ブレーキがかかった。
「5割減とかテレビで見るけど、それどこの騒ぎじゃない。そこにクラスターだから、もう完全に息の根を止められた」。ひとたび感染者が出れば、「殿町の店」とひとくくりにされて客が減ってしまう。
殿町には、半世紀以上の歴史を刻んできた店が少なくない。その間、中越地震やリーマンショックなど、さまざまな浮き沈みを経験してきた。長岡市社交飲食業組合の理事長を務める小林さんが、長年の付き合いになる店主たちに状況を尋ねると、「もう店に出たくもないよ」と返されることが多くなった。
組合に加盟している店はこの1年で30軒近く減った。先日もこんなことがあった。組合費を集めようと他店を訪ねると、開店の時間になっても看板に電気がつかない。「あれっ。あいさつもなく、いなくなっちゃったのかな」
小林さんには危機感が募る。自身の店のことはもちろん、街の行く末についてもだ。「そのうちに『殿町』なんて言っている場合じゃなくなるくらい、店がなくなるかも」
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3月中旬の夜、近くで居酒屋を営む80代の女性が店の戸を開けて、歩く人もまばらな通りを見ていた。「何時に見ても人がいないね」。不安になることが分かっていても、人がいるかどうかを確認せずにはいられない。
毎日、10種類ほどのお番菜を用意して客を出迎えてきたが、最近は作った料理が全て無駄になる時もある。「それでもやらなきゃ。今休んだら、あそこはつぶれたと言われて終わりだよ」
やめないのは、それだけが理由ではない。縁を切りたくないとお金だけを置いて帰った客がいた。店の入口に自分で育てた野菜を置いてくれた人もいた。この街にはまだ、人の温もりが残っていると感じた。
でも、なじみの客の好意を感じるほどに、女性はやるせない気持ちになる。「誰が悪いわけでもないとは思うんだけどねえ」
女性は、身近な行政に、せめてこの現状を見てほしいと強く思う。「街を歩いてどう考えるのか、私は聞きたい」。ウイルス禍の先を思い描くことができないでいる。