東京工科大学応用生物学部の西 良太郎准教授らの研究グループは、DNAの二本鎖切断の修復因子であるDHX9タンパク質が、リン酸化により緻密に制御されるメカニズムとその意義を解明しました。
東京工科大学(東京都八王子市、学長:香川豊)応用生物学部の西 良太郎准教授らの研究グループは、DNAの二本鎖切断の修復因子であるDHX9タンパク質が、リン酸化により緻密に制御されるメカニズムとその意義を解明しました。
本研究成果は、学術誌「Journal of Biological Chemistry」(7月25日オンライン版)に掲載されました。
【研究背景】
生物のゲノムには常に多様な傷(DNA損傷)が生じています。特に電離放射線や抗がん剤等によって生じるDNAの二本鎖切断は最も重篤な損傷の一つです。その修復過程においては、一時的にDNA-RNAハイブリッド(注1)と呼ばれるDNAとRNAが結合した構造が形成されます。この形成と解消の厳密な制御は、ゲノムの安定性維持に重要なファクターとして近年特に注目を集めています。ヒト細胞におけるDNA-RNAハイブリッド解消にはいくつかの機構が存在しますが、本研究グループではDNA-RNAヘリカーゼ(注2)と呼ばれるDNAとRNAを分離させる活性を持つ酵素に着目し、その一種であるDHX9タンパク質がDNA二本鎖切断の修復経路である相同組換え修復に促進的に機能することを明らかにしてきました。しかしながら、DHX9の機能がどのように制御されているかは解明されていませんでした。
【研究成果】
本研究では、DHX9はDNA二本鎖切断の発生後に、321番目のセリン残基にリン酸化を受けることを明らかにしました。さらにこのリン酸化は、リン酸化酵素ATM(注3)によるものであることも示しました。興味深いことに、このDHX9のリン酸化は細胞周期を通じてDNAの二本鎖切断の発生に伴い生じるものの、DNA複製を行うS期においては、クロマチンに結合したDHX9のみがリン酸化を受けていました。S期ではDHX9が機能する相同組換え修復が行われることから、リン酸化の前段階としてさらなる制御機構が存在することが示唆されました。同時に、リン酸化を受けない変異体及びリン酸化状態を模倣した変異体を用いた解析から、このリン酸化は、DHX9をDNA二本鎖切断部位に係留することに必要である一方、下流の相同組換え修復因子であるBRCA1(注4)との相互作用およびBRCA1の同切断部位への動員に対しては阻害的であることが明らかになりました。これらの結果は、相同組換え修復がDHX9のリン酸化を介して非常に厳密に制御されることの重要性を示しています(図1)。
【社会的・学術的なポイント】
本研究は、DNAの二本鎖切断の修復における新たな制御機構を明らかにしたものです。特に、DHX9のリン酸化が修復反応の経過に応じてダイナミックに変化することは、脱リン酸化酵素の関与を明確に示唆しています。さらに、今後の研究で同定される脱リン酸化酵素は、DHX9と並んで抗がん剤の新規標的として期待されます。
【論文情報】
論文名: DHX9 phosphorylation at S321 by ATM regulates DHX9 retention at DNA double-strand break sites and interaction with BRCA1
著者名: Saaya Matsuya, Yuina Tsuchiya, Yudai Hiwatashi, Yurina Abe and Ryotaro Nishi
雑誌名: Journal of Biological Chemistry, 301, 110526, 2025
U R L : DOI:10.1016/j.jbc.2025.110526
【用語解説】
(注1) DNA-RNAハイブリッド:ヒトの細胞内では、通常DNA同士が対になった二本鎖を形成しますが、一時的にDNAとRNAが結合した構造をとることがあります。特に、DNA損傷発生時などに正常な細胞活動では見られない大きなDNA-RNAハイブリッド構造が形成され、二本鎖切断修復の鍵となる構造として注目されています。
(注2) DNA-RNAヘリカーゼ:DNA-RNAハイブリッドを巻き戻す活性を持つ酵素です。RNAもDNAも分解することなく、両者を分離させることが特徴で、様々な細胞機能に重要な役割を果たしています。
(注3) ATM(ataxia-telangiectasia mutated):DNA損傷が生じた際に機能するタンパク質リン酸化酵素の一つです。毛細血管拡張性運動失調症(ataxia-telangiectasia)という病気において変異している遺伝子の産物で、DNA損傷の修復や修復反応に伴うシグナル伝達において極めて重要なタンパク質です。
(注4) BRCA1(Breast cancer type 1 susceptibility):コードする遺伝子に変異が生じると高頻度で乳がんを発症することから有名なタンパク質で、相同組換え修復で重要な働きをします。
【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/