「佐渡島(さど)の金山」(新潟県佐渡市)が世界文化遺産に登録されるまで、最短でおよそあと1年。2023年の秋にも国連教育科学文化機関(ユネスコ)の諮問機関による現地調査が入り、いよいよゴールが見えてきた。悲願が達成された後、人の流れは変わるのか。遺産をどう守り、街並みを維持していくのか。長期企画「輝ける島へ」の最終シリーズでは、世界遺産の先行地で現れた効果や課題を参考に、佐渡の明日を示す針路を探る。(敬称略)

西三川砂金山のシンボル、虎丸山を背に語り合う金子一雄(左)と本間勉。「われわれには、なりわいもある。観光客の受け入れは背伸びする必要ないんだ」と本間は話す=佐渡市西三川
新潟県佐渡市真野地区の海沿いに延びる国道から、車がすれ違うのも困難な道を走ること約5キロ。山あいに開けた集落が現れる。「佐渡島の金山」の構成資産の一つ、西三川砂金山がある笹川集落だ。
25軒60人という小所帯は、江戸時代の絵図と家並みの位置がほとんど変わっていない。平安時代の「今昔物語集」に西三川とみられる記述が残るほど歴史が深く、人力で切り崩した400年以上前の山や水路が今も見て取れる。
住民たちの間には、当たり前のように守ってきた集落に世界的な価値があると認められることが誇らしく、多くの人に歴史を感じてほしいという願いがある。
世界遺産となることを喜ばしく思う半面で、観光客が増えることでの心配もある。「勝手に敷地に入られる、辺りにゴミを捨てられる…」。集落全員でつくる「笹川の景観を守る会」会長の金子一雄(63)は警戒する。
そう思うようになったのは12年前からだ。
2011年、集落は国の重要文化的景観に選定。名が知られるようになると、マナーを欠く旅行者の影がちらつき始めた。庭に入り込んで写真を撮る人、ついでに山菜を採っていく人までいた。
真価を知ってもらいたいが、生活を脅かされたくない。歓迎と不安のはざまで住民は揺れている。

西三川砂金山がある笹川集落==佐渡市西三川
自衛の意味も込め、守る会は登録後の受け入れ方針を固めようと話し合う。平日は一般車両の乗り入れを遠慮してもらう。休日は時間予約制でガイド付きの周遊に限る-。集落の総意は今夏までにまとめる予定だ。
集落の歴史に詳しい「守る会」理事の本間勉(71)は、その価値が胸を張れるものだと熟知する。それだけに注文したい思いも強い。「一度だけ来て『何もないじゃないか』と帰られては立つ瀬がない。何度も通って理解しようとする人に来てもらえないだろうか」
「オーバーツーリズム」という言葉がある。観光公害とも観光過剰とも言われる現象は、見学場所と住民の生活空間が近いほど起きやすいと指摘される。
世界遺産と観光問題に詳しい城西国際大教授の佐滝剛弘(よしひろ)(63)は、こう説く。「観光客と住民の動線を分け、ルール厳守を徹底する策を早く練るべきだ。登録した時のことを考えるのではなく、その5年後、10年後のビジョンをきちんと持たないと住民が翻弄(ほんろう)されることになる」
集落そのものが世界遺産になるとはどういうことなのか。それを象徴する場所が岐阜県の山あいにある。
◆絶大な世界遺産効果、人口1500人の村に千倍超もの観光客
住民の生活と観光の「共存」課題に
険しい山々に囲まれた盆地に、茅葺(かやぶ)き屋根の古民家が整然と立ち並ぶ。岐阜県白川村にある白川郷・合掌造り集落は1995年、富山県の五箇山(ごかやま)とともに登録された国内6件目の世界遺産だ。平日でも多くの観光客が行き交い、土産物店も飲食店も活気を帯びている。
世界遺産の効果は絶大だった。登録前の年間観光客数はおおむね60万人前後だったが、95年を境に右肩上がり。99年に100万人を超えると、2019年には215万人に達した。
村の人口は1500人。その千倍超もの観光客が押し寄せる「オーバーツーリズム」に陥った。

白川郷の中心部にある荻町集落は平日でもにぎわう。住民が暮らす空間に、多くの外国人観光客らが訪れる=岐阜県白川村
顕著だったのは交通渋滞だ。「世界遺産登録から20年、村は交通対策に明け暮れることになった」。白川村役場の職員で合掌集落の保全を担う松本継太(47)は述懐する。
アクセスの悪さから「陸の孤島」とも呼ばれた白川郷は1995年以降、高速道が急速に整っていった。2008年に金沢や名古屋など都市と結ばれると、観光車両が爆発的に増えた。
約60棟の合掌造りを構える村最大の荻町集落には当時、中心部に村営駐車場があった。集落に入れるのは県道ただ一つ。大型バスは駐車場に入るために何度も切り返す。車列はどんどん延びていく。渋滞は日常の風景になった。
「もし急病人が出たら、火災が起きたらどうなるのか」。危機感を抱いた村は1997年、集落外に大型駐車場を整備。完全に動線を変えるには従来の駐車場を閉鎖する以外なかった。
だが、住民の8割以上が観光に携わる集落にとって、閉鎖は簡単な話ではなかった。「田んぼをつぶして駐車場にする住民までいて、景観を損ねる危険もあった」と松本。社会実験で交通規制のやり方を10年以上試行錯誤し、集落の中は徒歩で周遊する形に変えることでようやく合意を得た。
渋滞問題に加えて、住民を悩ませたのが観光客のマナーだ。日本の原風景を思わせる合掌造りの雰囲気は外国人に受けた。彼らの目には集落がテーマパークのように映った。
帰宅すると、外国人が仏壇に手を合わせていた。自宅での葬式を勝手に撮影された。庭先で立ち小便をされた-。どれも実際に集落であった出来事だ。村と住民たちはマナーを解説する4コマ漫画やピクトグラム(絵文字)による案内板で注意を促すなど、地道な対策を重ねている。

国の重要文化財「和田家」館長の和田正人さん
国の重要文化財にも指定されている「和田家」館長の和田正人(62)は、自らに言い聞かせるように語る。「観光があったからこそ、この形で集落が残ってきた。文化の違いを丁寧に伝えていくしかない」
白川郷は集落全体が世界遺産。そこには同時に日常の暮らしがある。住民の生活と観光をどう共存させていくか。佐渡の笹川集落にも共通する課題だ。
和田は先輩の立場として、こうアドバイスする。「われわれは半世紀以上前から協力して景観を保ってきた。佐渡でも観光客が増えることを見越し、どのレベルの観光地を目指すのか考え、迎え入れるルールを作り上げるべきだ」
観光で成功をみた白川郷だが、都市間の通過点でもあり、観光客を長くとどまらせることはできていない。一方、島である佐渡は宿泊が観光の鍵を握っている。(敬称略)