帝京平成大学の大垣 亮 准教授(人文社会学部 トレーナー・スポーツ経営コース)と、筑波大学の中田 由夫 教授(体育系)、小倉 彩音さん(スポーツ医学学位プログラム 3年制博士課程3年)は、ラグビー選手の身体パフォーマンスを事前に定量化し、その後発生する膝関節外傷のリスク因子を検討。股関節内旋最大筋力の対称性の高さと股関節伸展最大筋力の高さが膝関節外傷のリスク因子として特定されました。


【概要】
ラグビーでは、重篤なけがの一つに膝関節外傷があります。その予防策を講じる上で、競技中のどのような身体パフォーマンス(身体接触、筋力、バランスなど)が、重症度の高い膝関節外傷に影響を及ぼすかを明らかにすることが重要です。本研究では、これまで報告されてきた横断的なパフォーマンス評価のみならず、定量的パフォーマンスデータと疫学的外傷調査を用いて縦断的に膝関節外傷のリスク因子を検討しました。
男子大学ラグビー選手79人について、2023年の1シーズンにわたり調査を行いました。プレシーズンにパフォーマンステストとして、筋力、バランス、動作エラーに関するベースラインデータを測定するとともに、全期間で記録された外傷データに基づいて、対象期間中の外傷の発生率、重症度、外傷による負担、受傷メカニズムについて評価したところ、58人がリスク因子の調査対象となり、15件の膝関節外傷(13人:うち2人が2回受傷)が特定されました。分析の結果、直接的な身体接触による受傷が、高い重症度および負担と関連していました。また、股関節内旋最大筋力の対称性の高さと、股関節伸展最大筋力の高さが、膝関節外傷のリスク因子となりうることが明らかとなりました。
本研究成果は、日々のパフォーマンスやコンディション管理の重要性を支持し、外傷予防およびリハビリテーションの指標となると期待されます。


【研究代表者】 
筑波大学体育系
中田 由夫 教授
小倉 彩音(スポーツ医学学位プログラム 3年制博士課程3年)
帝京平成大学人文社会学部
大垣 亮 准教授

【研究の背景】
ラグビーは、身体接触、筋力、バランスなど試合中にさまざまな高強度身体パフォーマンスが要求されるため、外傷発生率が高い競技です。中でも膝関節外傷は発生率、離脱日数で示される重症度、およびこれらの積によって示される外傷の負担において特に深刻な問題となっています。これまで、横断的な(ある時点での多様な集団からデータを収集する)パフォーマンス測定や、その指標に関する報告はありましたが、外傷とパフォーマンスの関連性を縦断的に(同じ対象者から継続してデータを収集する)検討した研究は限られています。
膝前十字靱帯再建術後のスポーツ復帰評価に用いられるパフォーマンステストには、膝関節機能の包括的な評価指標が含まれており、広く活用されています。このような確立されたパフォーマンステストを用いて膝関節外傷のリスク因子を予測することは、効果的な外傷予防戦略の構築において重要な意義を持つと考えられます。
そこで本研究では、パフォーマンステストを用いてラグビーに特異的なパフォーマンス指標を定量化し、膝関節外傷に関連するリスク因子を検討しました。


【研究内容と成果】 
本研究では、79人の男子大学ラグビー選手について、2023年2月から12月までの1シーズンにわたり調査を行いました。まず、各選手はベースラインとして、1)筋力:maximal isometric voluntary contraction(MVC)注1)とsingle-limb hop test注2)、2)バランス:Balance Error Scoring System注3)とY Balance Test-Lower Quarter注4)、3)動作エラー:Landing Error Scoring System注5)を測定しました(図1)。筋力については、下肢の機能評価に用いる対称性指数(Limb Symmetry Index;LSI)注6)を算出しました。また、全期間における外傷データは、チームドクター(整形外科医)およびアスレティックトレーナーによって記録され(疫学的外傷調査)、これに基づいて、膝関節外傷の発生率注7)、重症度注8)、外傷による負担(Burden)注9)を求めました。
これらのデータを用いて、対象者を受傷群と非受傷群に分類した後、リスク因子を特定するためにロジスティック回帰分析注10)を行い、各項目のオッズ比(Odds ratio;OR)と95% CI(信頼区間)を算出しました。さらにROC 解析注11)により、特定されたリスク因子のカットオフ値(異常の有無を判定する値)を導きました。
その結果、79人中58人がリスク因子の解析対象となり、1シーズンで15件(13人:うち2人が2回受傷)の膝関節外傷が生じました。発生率は0.4/1000 h(95% CI,0.2-0.5)、重症度は51 days(95% CI,0-104)、burdenは19 days/1000 h(95% CI,11-31)でした。受傷メカニズムに関しては、直接的な身体接触による受傷が、高い重症度および負担と関連していました。ロジスティック回帰分析の結果、股関節内旋筋力のLSIの高さ(OR,1.09;95% CI,1.02-1.16)と股関節伸展最大筋力の高さ(OR,1.10;95% CI,1.00-1.20)が膝関節外傷の有意なリスク因子として認められました(表1)。
 以上より、男子大学ラグビー選手における膝関節外傷は、股関節内旋筋力のLSIの高さおよび股関節伸展最大筋力の高さがリスク要因となり、優れた身体パフォーマンスを持つ選手は、試合への出場時間の増加に伴って、外傷リスクが増加することが示唆されました。

【今後の展開】
本研究では、疫学的外傷調査とパフォーマンステストを用いた縦断的調査により、ラグビーにおける膝関節外傷のリスク因子を明らかにし、パフォーマンスとの外傷の関連性を示すことができました。これらの知見は、外傷予防のみならず、日常的なパフォーマンススクリーニング、リハビリテーション、および外傷からの競技復帰判定の指標として、幅広い臨床応用が期待されます。

【用語解説】
注1) Maximal isometric voluntary contraction(MVC、随意最大筋力)
ある筋を最大限に収縮させた時に発揮される筋力で筋活動の基準値となる。最大等尺性随意収縮を徒手筋力計を用いて測定し、最大ピークフォース値(Nm)を体重で正規化した(%BW)。
注2) Single-limb hop test
片脚のホップ(ジャンプ)能力を評価するテスト。4種類のホップテスト(Single hop for distance、Triple hop for distance、Cross-over hop for distance、6-meter timed hop)を測定し、それぞれ最長距離もしくは最速タイムを採用した。
注3) Balance Error Scoring System
静的なバランス能力を評価する手法。両足立ち、片足立ち、つぎ足立ち(片足のつま先に反対足の踵をつけて立つ)の3肢位において、床面と不安定面の2条件下で20秒間の閉眼バランステストを実施し、客観的なエラーリストを用いてエラー数をカウントした。
注4) Y Balance Test-Lower Quarter
動的バランス能力を評価する方法。片脚立位の状態で前方、後内方、後外方の3方向のリーチ距離を測定した。
注5) Landing Error Scoring System
ジャンプ・着地時のエラー動作を客観的に評価する方法。台上からのジャンプ着地〜リバウンド動作を矢状面と前額面の2方向から撮影し、体幹、股関節、膝関節、足関節の角度や全体的な動作を客観的に評価した。
注6) 対称性指数(Limb Symmetry Index;LSI)
左右脚の機能を比較評価するための指標。下肢の対称性指数を以下の式を用いて算出した:受傷群[受傷脚/非受傷脚*100]、非受傷群[低パフォーマンス脚/高パフォーマンス脚*100]。
注7) 発生率
競技参加1000時間あたりの受傷発生率(injuries/1000 h)。
注8) 重症度
練習または試合から離脱した日数(days)。
注9) 負担(Burden)
競技参加1000時間当たりの離脱日数(days of absence/1000 h)。発生率と重症度の積によって算出される。
注10) ロジスティック回帰分析
ある外傷の発生の有無に影響を及ぼす複数の要因を同時に考慮し、どの要因がどの程度影響するかを検定する統計手法。
注11) ROC解析(Receiver Operating Characteristic Analysis)
独立変数のカットオフ値(異常の有無を判定する値)を設定し、分類モデルなどの性能を評価する統計手法。

【研究資金】
本研究は、科学技術振興機構JST SPRING(Grant Number JPMJSP2124)の支援を受けて実施されました。

【掲載論文】 
【題 名】 Factors Associated with Knee Injury Occurrence Using Performance Tests in Male University Rugby Players
(男子大学ラグビー選手におけるパフォーマンステストを用いた膝関節外傷の関連要因)
【著者名】 Ayane Ogura, Ryo Ogaki, Tatsuya Shimasaki, Yoshio Nakata
【掲載誌】 The Journal of Physical Fitness and Sports Medicine
【公開日】 2025年9月22日

【問合わせ先】 
・研究に関すること
中田 由夫(なかた よしお)
筑波大学体育系 教授
TEL: 029-853-3957
Email: nakata.yoshio.gn@u.tsukuba.ac.jp
URL: https://sportsmed.taiiku.tsukuba.ac.jp/nakata-yoshio/

【取材・報道に関すること】
帝京平成大学 入試課
TEL: 03-5843-3200
E-mail: tic-npr@thu.ac.jp


筑波大学 広報局
TEL: 029-853-2040
E-mail: kohositu@un.tsukuba.ac


【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/