7・13水害で刈谷田川が決壊した午後0時52分に黙とうする住民や小学生ら=7月13日、長岡市中之島の’04中之島記念公園
7・13水害で刈谷田川が決壊した午後0時52分に黙とうする住民や小学生ら=7月13日、長岡市中之島の’04中之島記念公園
7・13水害の犠牲者を追悼し、黙とうをする小学生ら=13日、長岡市中之島の04中之島記念公園
7・13水害から21年、五十嵐川左岸の記念公園で破堤時刻に黙とうする住民ら=7月13日、三条市諏訪1

 2004年の7・13水害から21年となった13日、河川が決壊した長岡市中之島地域と三条市の現場付近に献花台が設けられ、住民らが犠牲者計15人を悼み、水害の記憶と教訓を次世代へつなぐ決意を新たにした。

 3人が亡くなった長岡市中之島地域では、刈谷田川沿いの「04(ラブフォー)中之島記念公園」に献花台が設けられ、住民らが花をささげて静かに手を合わせた。堤防が決壊した午後0時52分にサイレンが鳴り、集まった約10人が黙とうし犠牲者の冥福を祈った。

 曾祖母が被災したという見附市新潟小学校3年生の男子児童(9)は、献花台に折り鶴を置いた。母親(46)は「息子は今日が誕生日。水害があったことを知り、防災に...

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