千葉戦に勝利し、サポーターと喜びを分かち合う選手たち=ビッグスワン
千葉戦に勝利し、サポーターと喜びを分かち合う選手たち=ビッグスワン

 2023-2024年シーズンのサッカー女子WEリーグ日本女子サッカー最高峰のプロリーグとして2021年からスタート。アマチュア中心の「なでしこリーグ」の上部カテゴリー。秋春制を採用し、昇降格の制度はない。3季目の2023~24シーズンから12チーム参加となった。が5月末で終了した。優勝したのは2連覇を果たした三菱重工浦和。2位INAC神戸、3位日テレ東京Vと続き、結果的にトップ3の顔ぶれはWEリーグ創設から3季とも変わることはなかった。

 ただ、それでも最後まで、その「トップ3の牙城」に迫ったチームがアルビレックス新潟レディースだった。

 前のシーズンは11チーム中10位と低迷し、得失点差で最下位は免れたが、最下位と同じ勝ち点16。そんなチームが今季は勝ち点41まで積み上げ、4位まで躍進を遂げた=順位表。来季に向け、早々と橋川和晃監督の続投が決まり、MF川澄奈穂美らの契約更新も発表されている今、この1年の成長をあらためて振り返り、今度こそトップ3、タイトル奪取への機運を高め、新シーズンに備えたい。

※この特集は、5月4日公開の「優勝可能性は消えても…最後まで見逃せない!残り3試合全勝でトップ3の座を死守だ! アルビレディース躍進の秘密は?」と題した記事を、シーズン終了後に再編集し、文章や写真を追加して掲載するものです。

◆チームを変えた「レジェンド」

 新潟Lの躍進について語る際、まず真っ先に挙げるべきはこの人の加入だろう。女子日本代表「なでしこジャパン」の一員として2011年ワールドカップ(W杯)優勝を成し遂げたレジェンド、MF川澄奈穂美だ。

主将を務めたMF川澄奈穂美=新潟市

 2023年夏、川澄はMF上尾野辺めぐみと幼なじみの縁もあって、新潟Lに加入。ベテランはピッチ内外で抜群の存在感を放った。かつて所属したINAC神戸で何度もタイトルを獲得するなど、豊富な経験をチームに還元。昨年8月の加入会見で力説した「アルビは何かエッセンスが加われば上位に行ける」との言葉を、本当に自ら体現してみせた。

 合流初日から練習や試合では誰よりも声を張り上げ、「もっと前に!」などと周囲や若手の選手に厳しく要求。一方でオンオフの切り替えも早く、ピッチ内外で先頭に立つ。世界の頂を知るレジェンドは加入早々から、チームに変革をもたらした。川澄合流時に代表招集で不在だったGK平尾知佳は、チームに帰って来るなり、選手同士の意見交換が活発化していることに驚いたという。

 新チーム初の公式戦となったWEリーグカップ。新潟Lのサッカーは、昨季より明らかにつなぐ意図が明確になり、攻守に積極的になっていた。しぶとく勝ち点を積み、決勝進出の可能性をわずかに残した最終節INAC神戸戦。川澄のピンポイントクロスをFW道上彩花が決め、1点を守り切り、土壇場での決勝進出となった。だが、初タイトルを懸けた広島との決勝は0-0、PK戦まで及ぶ死闘の末、惜しくも敗れた。

WEリーグカップの決勝戦後の選手たちとサポーター=等々力

 「私は負けた時、いい経験だったで終わらせるのが一番嫌い」。負けず嫌いのレジェンドは試合後に悔しさをあらわにした。ただ、タイトルが懸かった試合の経験がほぼなかった新潟Lの若手たちにとって、その経験が一層練習に打ち込む力となったのを見て、川澄は、チームが一回り成長したことを実感したという。

MF上尾野辺めぐみ(右)から地球3個分の思いで誘われ、加入を決めたMF川澄奈穂美。決勝戦後、サポーターに手を振る=等々力

 「試合中にナホさんの声を聞くだけで安心できる」と選手たちは口をそろえた。リーグ戦開幕を前に主将を任されると、川澄は絶対的な精神的支柱となった。1点を争う接戦に弱かったチームは変貌を遂げ、勝ちきる試合が増えていった。

ゴールを狙うMF川澄奈穂美

 38歳の川澄はプレーでも魅せた。チームトップクラスの運動量を誇り、クロスの精度は抜群だ。大事な場面でゴールを決めきる勝負強さも変わらなかった。日本サッカー協会の理事にも就任し、明るいキャラクターでメディアへの露出も多いが、そのプロ意識の高さに妥協はない。3月、テレビのサッカー解説をした翌日に行われた日テレ東京V戦。押される試合展開に後半開始から出場し、クロスに飛び込んでヘディングシュート。決勝点を奪い、ピッチ上でも当然のように輝きを見せた。

 「とにかくサッカーが好き」と声を弾ませる川澄。時には厳しく、常に先頭に立ってチームのことを考え、女子サッカーの将来さえも見据える主将が、新潟Lに勝者のメンタリティーを伝えている。

勝利を喜ぶMF川澄奈穂美(手前)=ビッグスワン

 スタンドに訪れれば、川澄の大きな声がピッチから聞こえるはず。もっとも、本人はその声さえもかき消す大声援を求めている。

◆「勝負の神様は細部に宿る」「アリ(蟻)の一歩」

 川澄奈穂美がチームの先頭に立つリーダーを務めるなら、勝利に導く指揮者はこの人。女子サッカーの世界に初めて飛び込んだ「ハシさん」こと橋川和晃監督だ。「勝負の神様は細部に宿る」と語り、試合を重ねるごとにチームの課題を修正。パスやポジショニングなど、プレーの細部にこだわる姿勢を選手に求めた。

 選手たちに伝えたのは「アリ(蟻)の一歩が、いつか振り返ると大きな一歩になっている」ということ。着実に一歩ずつ積み上げる大切さを説いてきた。

新体制会見で記念撮影する、左からMF杉田亜未、橋川和晃監督、MF石田千尋=2023年7月、聖籠町

 J3今治では元日本代表監督・岡田武史会長のもとで監督を務め、チームを過去最高順位まで押し上げた。それ以前にはJ1福岡育成年代の監督や指導者養成なども務めている。女子サッカーの指導経験は初めてでも、違和感はさほど感じなかったという。一人一人の選手のプレーや性格を見極め、真っすぐ向き合うことは同じだった。緻密なリアリストである一方、豊富な指導経験を通して「駒として動かしたくない」と選手の自主性を尊重する信念がある。

 昨年12月、ホームで昨季王者の三菱重工浦和から金星を挙げた一戦の後、取材に応じた選手たちからは、指揮官に対する信頼の言葉が相次いだ。

三菱重工浦和戦で初ゴールを決めたMF柳澤紗希(中央)

 「勝てると思ってなかったけど、監督は試合前から繰り返し『勝てる』と言って自信をつけてくれた」(三浦紗津紀)。「ハシさんは選手みんなの頑張りを見てくれる。誰が出ても同じサッカーができる」(柳澤紗希)。新たな指揮官は、出番の少ない選手たちをしっかり気遣い、声を掛けることも多い。全員を戦力として生かす選手起用や采配も印象的だ。「意外といじられキャラ」と話す選手もいるほど、監督と選手の信頼関係は厚い。

 中2日や中3日が連続する超過密日程だった3月最後のノジマ相模原戦で勝利をつかんだ後のインタビューでは、「戦術どうのこうのではありません。魂のこもったゲーム! 魂で勝ったゲームです!」と声を震わせながら、選手とスタッフをたたえた。

試合の指揮を執る橋川和晃監督

 ハートは熱く、頭はクールに-。冷静かつ情熱あふれる指揮官に率いられたチームは、負けることに慣れてしまった雰囲気も感じられた昨季から一転、「強さと自信を取り戻してきた」(滝川結女)。

◆「堅守」バージョンアップ

 アルビレックス新潟の伝統ともいえる「堅守速攻」。今季の新潟Lはこの「堅守」に磨きをかけた。ゴール前での粘り強い守備に加え、状況に合わせて臨機応変に前からボールを狙い、高くコンパクトなブロックを形成して守る。

日本代表GKの平尾知佳を中心に守る選手たち

 昨季は終盤戦で5バックが安定。守りを固めて上位を打ち破るなど、苦しみながらも少しずつ守備の土台を築いた。「昨季がなければ今の守備はない」とディフェンスリーダーの三浦紗津紀は言う。今季は橋川監督のもと、昨季よりも高い守備ラインを保ち、前からの積極的なボール奪取を展開。リーグ戦の総失点数は「18」と12チーム中3位タイ。着実に勝利を積み重ねられたのは、間違いなく守備が安定していたからだ。

球際の強さを見せるMF石田千尋

 前線の選手の守備や即時奪回の意識が高く、ボール奪取能力の高い若手ボランチ石田千尋の加入も大きかった。三浦紗津紀、山谷瑠香の両センターバックがラインを高く保ち、1対1でも体を張ってゴール前を守る。最後は日本代表GK平尾知佳が立ちはだかる。SBにコンバートされたMF園田瑞貴らも成長し、攻守に貢献。長野戦で見せた園田のシュートは鮮やかだった。

 同じく右SBにコンバートされたMF白沢百合恵も力を伸ばし、左SBに定着していた北川ひかるの移籍により開幕前は手薄とみられていたSB陣の台頭は大きかった。

左サイドバックとして新境地を開いたDF園田瑞貴(中央)

◆「速攻」+「遅攻」=「柔攻」

 攻撃面では、カウンターを中心とした「速攻」に加え、パスをつないでじわじわと攻め上がる「遅攻」を柔軟に使い分けている。

 今季ノジマ相模原から加入したMF杉田亜未は巧みにゲームをコントロールし、中盤を走り回って潤滑油となる。10番のMF上尾野辺めぐみらを含め「もともと賢くサッカーできる選手が多かった」(橋川監督)。流動的にポジションを変え、テンポの良いパス回しが多く見られた。

 ボールを支配して相手を圧倒する試合もあるが、押し込まれる苦しい展開の中でも我慢し、縦に早いカウンターや、得意とするセットプレーで点を取りきることもできる。エース道上彩花の長期離脱があったものの、その間FW石淵萌実がトップで躍動するなど、攻撃のバリエーションは増えた。

FW道上彩花
FW石淵萌実

 特にMF滝川結女は小柄ながら思い切りのいいシュートやドリブル突破で状況を打開し、今季チームトップ、自己最多の5得点と活躍が目立った。鮮やかなミドルシュートもあれば、こぼれ球を詰めきる労力も惜しまない。3強には及ばないものの、チームの総得点数26はリーグ4位タイと、昨季(18点)から改善した。

ゴールを喜ぶMF滝川結女

 「速攻」と「遅攻」を柔軟に使い分ける攻撃を、橋川監督は「柔攻」と呼ぶ。新潟Lは誕生から20年を超え、「堅守柔攻」という新たなチームコンセプトを手に入れた。

◆チーム引っ張ったベテラン勢

 長年、新潟Lに在籍するベテラン選手たちも健在だった。元なでしこジャパンのメンバーで新潟L一筋のMF上尾野辺めぐみは18季目の今季も背番号10を背負った。ボランチを主戦場に、精度の高い左足のキックからのチャンスメーク、相手のプレッシャーをかいくぐるテクニックは今も鮮やか。新潟Lは日本一の経験がなく、「メグさんにタイトルを!」は、チームとサポーターたちの悲願だ。

けがから復帰したMF川村優理(右上)と、MF上尾野辺めぐみ(後列中央)、MF川澄奈穂美(中央手前)

 上尾野辺の加入よりさらに前、2002年のチーム創設初期を知るのが、元日本代表のMF川村優理=新潟市中央区出身=。右膝の大けがで約2年間も戦列を離れていたが、今季はピッチに戻り、ようやくのWEリーグデビュー。開幕戦で復帰すると、徐々にプレー時間を延ばし、冬季中断期間明けからは先発でも出場。3月のちふれ埼玉戦では、待望のWEリーグ初ゴールを挙げた。苦しい時期を支えてくれた人たちへの「恩返し」のため、走り続ける。

復帰後初ゴールを決めたMF川村優理(中央)

 橋川監督も川澄主将、副主将の平尾、山谷という3人のバランスに加え、上尾野辺や川村といったベテラン勢の存在がチームづくりの助けになったと振り返る。

◆「ホーム強いっすね!」 

 リーグのホーム戦は、11試合中8試合に勝利。サポーターたちの声援に背中を押され、紙一重の試合を制す戦いも目立った。川澄主将は「ホームは絶対に負けられない」と話す。ホームでふがいない試合を見せれば、次の観客数に影響する。そのことは「過去の実体験として理解していた」(上尾野辺めぐみ)。

今季リーグ戦の戦績

 選手や橋川監督が「勝って『アイシテルニイガタ』を聞きたい」と口にするように、チームはサポーターとの一体感も大事にする。試合後にはサポーターたちとハイタッチし、お見送りもする。応援歌に合わせ、ダンスを披露する選手も。女子サッカー普及のため、選手たちはサービス精神も旺盛だ。この選手とサポーターたちとの「距離の近さ」をWEリーグの魅力に挙げる人も多い。サポーターと力を合わせ、チームは昨年より多くの勝利を地元で挙げた。

試合後にサポーターとハイタッチする選手たち=新潟市陸上競技場

◆届かなかった「トップ3」「タイトル」

 「トップ3の牙城を崩さなければ、リーグ自体の発展もない」。橋川監督が新体制会見でこう語り、目標として示したのが勝ち点40だった。結果的に41と超えることができたが、3チームはさらに上を行った。新潟Lは終盤戦まで食らいついたが、上位との直接対決を落とし、3連敗も痛かった。

 橋川監督は総括会見で、得点力を課題に挙げ、選手たちにプラス1点ずつを求める。最後の精度や崩す形はまだまだ進化できる。堅守で手応えをつかみ、勝ちきれる試合が増えた。優勝した三菱重工浦和からも真っ向勝負で1勝を挙げた。方向性が間違っていないことを確認できたシーズンでもあった。それだけに、足りなかった分を伸びしろと捉え、来季のさらなる成長に期待したい。

INAC神戸戦の失点に肩を落とす選手=新潟市陸上競技場

 また、過密日程や冬の練習環境も...

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