漁業者の反対を押し切り、約束をほごにしたと言わざるを得ない決定だ。方針ありきで進めた政府の対応は禍根を残す。

 これでは数十年に及ぶ海洋放出を前に示された新たな約束も、守られる確証を持てない。政府には真摯(しんし)に約束を果たす覚悟が求められる。

 政府は22日、東京電力福島第1原発の処理水について、24日に海洋放出すると決定した。

 ◆理解得たと言えるか

 気象や海象条件に支障がなければ、敷地内のタンクで保管する処理水を海水で希釈し、海底トンネルを通じて流す。

 処理水は8月3日時点で約134万トン、タンク容量の約98%に達した。政府は処分を進めて敷地を確保し、廃炉作業を加速させる考えだ。

 廃炉と福島の復興を進める上で大きな節目と言えるだろう。

 岸田文雄首相は決定前日の21日、全国漁業協同組合連合会(全漁連)の坂本雅信会長と面会して放出に理解を求めた。

 面会で全漁連側は「反対は変わらない」と表明したものの、政府は「一定の理解を得られた」と判断した。

 全漁連側が国際原子力機関(IAEA)の包括報告書などに触れ、「科学的な安全性への理解は深まってきた」と述べたことがあったかもしれない。

 だがこれを、海洋放出に対する漁業者の理解を得たと捉えるのは都合が良すぎる。

 試験操業を経て少しずつ再建を図ってきた漁業者の切実さを、首相や政府関係者が身にしみて感じていたか疑問だ。

 政府と東電は2015年に、原発事故で操業を一時中断するなど影響を受けた漁業者に対して、「関係者の理解なしに(処理水の)いかなる処分も行わない」と約束していた。

 にもかかわらず、21年には漁業者の反対を押し切って海洋放出する方針を決めた。

 話し合いはその後も平行線をたどり、政府による局面打開は実現しなかった。

 放出開始日は、福島県沖での底引き網漁再開のタイミングや、さまざまな政治日程も考慮して決定したとみられる。

 とはいえ、全漁連との面会翌日に関係閣僚会議で決定するのは日程ありきが過ぎないか。

 なりわい再建への努力に冷や水を浴びせ、福島県の水産関係者から「闇討ちのようだ」と批判の声が上がるのは当然だ。

 政府はIAEAの報告書を安全性の根拠として強調する場面が目立つが、共同通信の世論調査では、処理水放出を巡る政府の説明が「不十分だ」とする答えが81・9%に上っている。

 まずは漁業者をはじめ直接影響を受ける人々と対話を重ね、思いをくみ取る努力を、政府は怠るべきではない。

 岸田首相は全漁連との面会で、「今後数十年にわたろうとも、漁業者が安心してなりわいを継続できるように必要な対策を取り続けることを全責任を持って約束する」と明言した。

 ◆風評被害を防がねば

 風評被害対策に300億円、漁業継続支援に500億円の基金を設け、水産物の販売や漁業の継続支援につなげる。

 数十年に及ぶ放出計画の間、漁業者に示した約束が確実に守られなくてはならない。

 放出に伴っては深刻な風評被害が懸念されている。

 中国外務省は、放出決定を受け「深刻な懸念と強烈な反対」を表明した。日本からの食品輸入規制を強化しかねない。

 中国に次ぐ日本水産物市場の香港は、本県など10都県の水産物輸入を24日に禁止する。

 こうした国や地域には、政府が誠実に説明し、規制解除を求めていくほかないだろう。

 政府は安全性を確かめる放射性物質モニタリング(監視)を強化し、国内外に情報発信するとしている。

 国際社会の信頼を得るためにも、監視を徹底しなくてはならない。政府と東電は、異変があれば立ち止まり、何度でも説明を尽くす必要がある。