総裁の座を降りるのなら、もっと早く決断するべきだった。首相の判断の遅れが政治空白を招いたことは否定できない。

 石破茂首相は7日、緊急記者会見を開き、退陣する意向を明らかにした。石破内閣は発足から約1年で幕を閉じる。

 会見では、日米関税交渉が大統領令の発出にこぎ着けたことを挙げ、「一つの区切りがついた」と述べた。

 7月の参院選での大敗を受け、自民党が進める総裁選前倒しの是非を判断するための意思確認を8日に控え、「このまま進めば党内に決定的な分断を生みかねない」とも語った。

 首相は参院選直後から、「政治空白をつくるべきではない」として続投を表明していたが、総裁選前倒し要求が拡大し、退陣に追い込まれたといえる。

 7月28日の両院議員懇談会と8月8日の両院議員総会でも、関税交渉合意の実行を理由に続投方針を堅持し、今月2日の両院議員総会では「しかるべき時にきちんと決断する」と当面の続投意向を示していた。

 ◆なぜ今なのかは疑問

 首相は退陣表明の会見で「今こそが、しかるべきタイミングである」と強調した。

 しかし今が適切なタイミングなのかは疑問が残る。

 難航した関税交渉が一段落したことが、理由の一つとなったことは確かだろう。

 だが首相が関税交渉とともに道筋を付けるとしていた農業政策や防災といった内政問題の多くは、参院選から50日近く過ぎても動きが見えない。

 参院選で最大の争点だった物価高対策にも、首相が8月中に与党に対して具体的な指示を出すことはなかった。

 党内基盤が弱い首相の政権運営は常に困難がつきまとうとはいえ、あまりに対応が遅い。

 記者会見で首相は、思い入れがある地方創生を巡り、東京一極集中の是正につながらず「道半ば」との思いを口にした。

 派閥裏金事件を中心とする「政治とカネ」の問題については、政治不信をいまだに払拭できていないとして「最大の心残りだ」と述べた。

 最も残念なのは、国民が首相に期待した「石破らしさ」が、総裁に就いたことで失われてしまったことだ。

 政治とカネの問題や選択的夫婦別姓制度などには、従来、党内野党的な立ち位置にあった首相に対し、「石破なら変えてくれる」という国民の期待があったはずだ。しかし首相がそれに応えることはなかった。

 総裁選で掲げた日米地位協定改定などの持論は封印し、戦後80年を踏まえた首相見解の表明も現時点で実現していない。

 首相にすれば思い通りの政権運営ができず、じくじたる思いがあるだろう。

 だが「石破でも変わらない」という現実が、自民党離れを呼び、先の参院選での与党大敗につながった可能性はある。

 党四役を含め、誰一人として参院選敗北の責任を取らないことも失望を招いた。参院選総括報告書が掲げた「解党的出直し」とも著しく乖離(かいり)した。

 首相が指導力を発揮して変えられることはあったはずだ。

 首相の辞任表明で、自民は事実上の総裁選に突入する。

 ◆少数与党の難局続く

 誰が次期総裁の座を射止めるにせよ、少数与党下では難局が続くことが確実だ。

 共同通信社が6、7両日に行った電話世論調査では、自民がまとめた参院選総括報告書で信頼回復ができるかとの問いに、8割以上が「信頼回復はできない」と答えている。

 自民は総裁選を、国民の信頼を回復するために何をすべきか、党を挙げて真剣に向き合う機会としなくてはならない。

 総裁選前倒しを求めた一連の動きは、国民不在の権力闘争にも映った。党内の争いに終始していては、国民の政治不信はさらに深まると認識したい。

 コメの価格高騰を含む農業政策やガソリン価格の不安定化など、国民が不安視している課題にどう道筋をつけるかについても、総裁選を通じて国民に明らかにしてもらいたい。

 首相は辞任表明の会見で、北朝鮮による日本人拉致問題で結果を出せなかったとして「痛恨の極みだ」と述べた。

 歴代首相が最重要課題に掲げながら、進展が見られないことにはいら立ちを覚える。自民は総裁選で、この問題に立ち向かう覚悟を示すべきだ。