さまざまな切手。カラフルな絵やデザインが描かれた紙片は、芸術作品のようでもある(写真映像部・富山翼撮影)

 その昔、英国王室に仕える男がジョージ皇太子(後のジョージ5世)に語りかけた。

  「どこぞの大バカ野郎が、たった一枚の切手に一四五〇ポンドの値をつけて競りおとしたそうですぞ」

  皇太子は言った。

  「ああ、その大バカ野郎は私だ」

<「世界最高額の切手『ブルー・モーリシャス』を探せ!」ヘレン・モーガン著>

 当時の1450ポンドの価値は不明だが、「大バカ野郎」とあきれられるぐらいの高値と推察される。幻の一枚を手に入れるためなら、金に糸目はつけない。手の指にのるぐらいの紙片は、著名な収集家として知られた後の国王の心も捉えた。

 世界初の切手「ペニー・ブラック」「ペンス・ブルー」が英国で発行されたのは1840年。その後、各国で切手の発行が相次いだのに伴って切手を集める人が現れ、いつしか一部では「趣味の王者」「王者の趣味」と呼ばれるようになる。

 日本でも、高度成長期には手軽な趣味として一大ブームとなった。ちなみに切手という名称は、「郵便の父」で新潟県上越市出身の前島密(ひそか)がつけたことで知られる。

 電子メールや交流サイト(SNS)の普及などで、郵便や切手を取り巻く環境は厳しさを増している。そんな中でも、精巧な印刷技術と優れた芸術性を兼ね備えた切手を愛する人たちがいる。「趣味の王者」の魅力とは―。...

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