発表のポイント:

長距離伝搬後にビームを均一にする「ビーム整形技術」と、大気の揺らぎの影響を抑制する「出力電流平準化技術」を用いることで、1 kW送光して152 W受電する、効率※1 15%の給電に成功しました。
本成果は、これまで電力ケーブルの敷設が困難だった離島や被災地などの遠隔地においても、安定的な電力供給実現に向けた第一歩となります。レーザを用いたピンポイントかつオンデマンドな電力伝送により、必要な場所に必要なときだけ電力を届けるという、これまでにない柔軟なエネルギー供給の実現が期待されます。

 NTT株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:島田 明、以下「NTT」)と三菱重工業株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:伊藤 栄作、以下「三菱重工」)は、レーザ光を用いて1 km先にワイヤレスでエネルギーを供給する光無線給電実験を実施しました。光パワー1 kWのレーザ光を照射し、1 km先で152 Wの電力を得ることに成功しました。これは、大気の揺らぎが強い環境下でシリコン製の光電変換素子を用いた光無線給電として世界最高効率の実証となります。この成果により、離れた場所に電力を供給することが可能になります。将来的には電力ケーブルを引くことが難しい離島や被災地などへのオンデマンド給電への応用が期待されます。
 本成果は、2025年8月5日に英国英文誌「Electronics Letters」に掲載されました。
 


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 図1.光無線給電システム模式図

1.背景
 近年、スマートフォンやウェアラブルデバイス、ドローン、電気自動車など、ケーブルを使わずに電力を供給できる無線給電技術が関心を集めています。無線給電方式としてマイクロ波を用いるものとレーザ光を用いるものがあります。マイクロ波無線給電は既に実用化されており、利用が広がっています。一方、レーザ光を用いた光無線給電は実用化に至ってはいませんが、レーザ光の高い指向性を活かし、小型かつkmオーダの長距離無線給電が実現できるとして期待されています(図1)。将来的には、災害時や離島、山間部や海上など電力や通信が届かない状況・地域における送電や通信カバレッジ拡大に向けて、特定のエリアやドローンなどの移動体にピンポイントに給電するような次世代インフラの構築が構想されています。こうした高精度かつ長距離の給電には高い指向性を活かしたレーザ無線給電が必要となります。
 
2.既存技術の課題と本実験での成果
 一般にレーザ無線給電技術は効率が低く、実用化に向けて効率向上が課題となっています。その要因の一つとして、特に大気中など、長距離レーザ光が伝搬すると、強度分布が不均一となり、光電変換素子※2でレーザ光を電力に変換する際の効率が低くなってしまうことが挙げられます。そこで今回、NTTの持つビーム整形技術と、三菱重工の持つ受光技術を組み合わせ、レーザ無線給電の高効率化を図りました。光を送る側ではレーザ光の強度を1 km先で均一化する「長距離フラットビーム整形技術」を、光を受ける側ではホモジナイザや平準化回路により大気の揺らぎの影響を抑制する「出力電流平準化技術」を用い、屋外環境において長距離光無線給電実験を実施しました。
 この実証は2025年1月から2月にかけて、和歌山県西牟婁郡白浜町にある南紀白浜空港の旧滑走路で行われました(図2)。レーザ光を送る光学部品を格納した送光ブースを滑走路の端に設置し、1 km先に受光パネルを格納した受光ブースを設置しました。送光時の光軸の高さは地面から約1 mと低く、かつ光軸が地面水平方向であるため地面の熱や風の影響を強く受ける、特に大気の揺らぎが強い環境下で実験を行いました。送光ブースでは出力1035 Wのレーザ光を発生させ、回折光学素子※3を用いて1 km先で強度分布がフラットになるようにビームを整形します。さらに受光パネルに正確に照射するために、方向制御ミラーでビームの方向を調整します。整形されたビームは、送光ブースの開口から射出され、1 kmの空間を伝搬して受光ブースへ到達します。伝搬中の大気の揺らぎによって生じる強度スポットは受光ブースのホモジナイザで拡散されて、均一なビームが受光パネルに照射され、レーザ光が高効率に電力に変換されます(図3)。受光パネルにはコストと入手性を考慮してシリコン製の光電変換素子を採用しました。
 今回の実験では受光パネルから取り出せた電力は平均152 Wとなり(図4)、効率(送光パワーに対する受電パワーの割合)15%の光無線給電に成功しました。この結果は、シリコン製の光電変換素子を用い、かつ、大気の揺らぎの強い環境下での世界最高効率の光無線給電実証となります。また、実験では30分間の連続給電にも成功しており、本技術を用いて長時間給電できることを確認しました。
 


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図2.実験の様子

安全上の観点から、高出力レーザ光の誤照射や反射光の拡散を防ぐために、

送光光学系および受光パネルはそれぞれブース内に設置


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図3.実験系模式図


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図4.受光パネルから取り出せた電力
 
3.技術のポイント
①長距離フラットビーム整形技術
 光電変換効率を向上させるためには、光電変換素子に照射するビームの強度分布を均一にする必要があります。
 そこで今回、長距離伝搬後にビームの強度を均一化するビーム整形手法を提案しました。ビームの外周部分はアキシコンレンズ※4の効果によりリング状のビームとなり、中心部分は凹レンズの効果によりビームが広がるように位相を変調し、伝搬後にリングビームと拡散ビームが重なりあうことで強度が均一になります(図5)。今回の実験では1 km先で所望の強度分布となるように設計を最適化し、回折光学素子を用いてビーム整形を実装し、1 km先でのビームの強度分布の均一性を向上させました。
 

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図5.ビーム整形イメージ
 
②出力電流平準化技術
 大気中を伝搬したビームは、大気の揺らぎの影響を受けて強度分布が乱れます。上記のフラットビーム整形技術によって、ある程度ビームの強度分布を均一化できますが、大気の揺らぎが大きい場合、図6のように強度の高いスポットが生成されてしまいます。
 この問題に対処するために、受光パネル手前にビームホモジナイザを設置し、強度の高いスポットを拡散させて受光パネルに均一にビームが照射されるようにしました。さらに、受光パネルの各光電変換素子に平準化回路を接続することで、大気の揺らぎによる電流の変動を抑制し、出力の安定化を実現しました。
 
 これら二つの技術により、従来のビーム整形技術では困難だった数kmオーダの伝送におけるビーム均一化や、屋外環境における出力安定化が可能となり、離島や被災地などの遠隔拠点に対する安定した電力供給の実現が期待されます。
 


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図6.大気伝搬後のビームパターンとホモジナイザによる拡散効果のイメージ


 
4.各社の役割
NTT:ビーム整形技術等の送光光学系の設計および実装
三菱重工:受光パネル、ホモジナイザ、平準化回路等の受光光学系の設計および実装

5.今後の展開
 本技術は、大気の揺らぎがある環境においても、高効率に安定して長距離エネルギーを伝送することができます。今回の実験では、光電変換素子にシリコンを用いましたが、レーザ光の波長に合わせて設計した光電変換素子を用いることで、より高効率な給電が見込まれます。また、よりパワーの大きいレーザ光源を用いることで、より大電力を供給することも可能です。
 本技術により、従来は電力ケーブルの敷設が困難だった離島や被災地などの遠隔地にも、柔軟かつ迅速な電力供給が可能となります。これらの地上でのアプリケーションのほかにも、本技術をベースとしたさまざまなアプリケーションが考えられます(図7)。特に、レーザ光は指向性が高く、広がりが小さいことから、受光装置を小型・軽量に設計することが可能です。これは、重量や搭載スペースに厳しい制約がある移動体にとって、大きなメリットとなります。例えば、本技術にレーザの方向を制御する技術を組み合わせることで、飛行中のドローンに対して給電することが可能になります。無線給電によって、バッテリー交換のための着陸やケーブルによる給電といった運用上の制約を回避し、長時間・長距離の連続運用が可能となります。これにより、災害発生時の被災地モニタリングや山間部・海上における広域通信の中継など、従来困難であった常時モニタリングや通信カバレッジの向上が期待されます。ほかにもNTTが掲げる宇宙ブランド、NTT C89※5のスコープでもあるHAPS (High Altitude Platform Station)※6への給電をはじめとして、将来的には、宇宙データセンタや月面ローバへの電力供給や、静止衛星から地上へレーザで電力を送る「宇宙太陽光発電」への応用など、市場の拡大が見込まれる分野での活用も期待されています。NTTと三菱重工業の連携により、大気の影響が大きい環境下においても世界最高効率のレーザ無線給電技術を実現したことは、災害時対応から宇宙開発に至るまで、幅広い分野で高まる社会ニーズに応える革新的な技術基盤として、大きな一歩となります。


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図7.本技術のユースケース

【用語解説】
※1.効率:レーザから射出された光パワーに対する受光パネルで取り出せた電力の割合。
※2.光電変換素子:光を電気に変換する半導体素子。太陽電池も光電変換素子の一種。半導体のバンドギャップを超えるエネルギーを持つ光が照射されると起電力が発生するため、レーザ光の波長に最適な半導体材料を用いることで高効率に電力に変換することができる。光電変換素子の最小単位をセルといい、本実験では、このセルを複数並べたパネルにビームを照射し電力として取り出す。
※3.回折光学素子:面上に光の波長程度の微細な加工を施すことで、光の回折現象を利用し、ビームの形状や位相を制御できる光学素子。
※4.アキシコンレンズ:円錐型のレンズで、リング状のビームまたは非回折ビームの一種として知られるベッセルビームを生成することができる。
※5.NTT C89:NTTグループ各社で取り組む宇宙ビジネスのブランド名。宇宙ビジネス分野における事業拡大とさらなる市場開拓を促し、宇宙産業の発展に貢献していく。
https://group.ntt/jp/aerospace/
https://group.ntt/jp/magazine/blog/ntt_c89/
※6.HAPS (High Altitude Platform Station) :高高度プラットフォーム。無人航空機を成層圏に飛ばし、通信などの基地局運用などが見込まれる。