麻布大学獣医学部小動物内科学研究室の久末正晴教授、理化学研究所(理研)生命医科学研究センター基盤技術開発研究チームの桃沢幸秀チームディレクター(生命医科学研究センター副センター長)、ファーマコゲノミクス研究チームの福永航也上級研究員、鹿児島大学共同獣医学部の宇野泰広教授、昭和薬科大学薬物動態学研究室の山崎浩史教授、東京大学大学院農学生命科学研究科の富安博隆准教授、日本動物高度医療センターの辻本元科長、ITEA株式会社東京環境アレルギー研究所の阪口雅弘所長らの共同研究グループは、119犬種6,344頭のゲノムデータを網羅的に解析し、イヌの主要薬物代謝酵素であるチトクロームP450(CYP)[1]2B6(CYP2B6[2])の遺伝子における11種類の遺伝的バリアント[3]を同定し、その遺伝子機能への影響を評価しました。

本研究成果は、イヌCYP2B6における薬物代謝の個体差や犬種差が遺伝的要因によって規定されることを初めて明確に示した大規模研究であり、創薬研究および獣医療の両分野において、種を超えた薬物代謝の多様性理解に新たな道を開くものです。

共同研究グループは、これらのバリアントのうち275番目のグルタミン酸が欠失するスプライスバリアント[4]や、74、83、145、151番目のアミノ酸が置換するミスセンスバリアント[5]は、麻酔薬プロポフォール[6]の代謝能に影響を及ぼすことを実験的に確認しました。また145番目のアミノ酸置換を伴うバリアントでは、分子ドッキング・シミュレーション[7]により、還元酵素部位に構造的変化を生じ、代謝活性を低下させることが示唆されました。

本研究は、科学雑誌『Drug Metabolism and Disposition』オンライン版(10月29日付:日本時間10月29日)に掲載されます。

今後の期待                               

本研究により、イヌCYP2B6遺伝子のバリアントが薬物代謝活性に及ぼす影響を初めて明らかにしました。これは、犬種間で薬の効き方や副作用リスクが異なる分子基盤を解明した重要な成果です。共同研究グループは今月、CYP2C21についても遺伝的バリアントの明確な犬種差やそれぞれの機能への影響を報告しており注)、今回のCYP2B6解析はそれに続く「イヌP450バリアントの体系的解析」の一環です。これにより、複数のP450酵素が関与する薬物代謝ネットワークの全体像を明らかにすることが可能になります。これまで経験的に行われてきた獣医療での薬剤投与を、遺伝情報に基づいて個別化できる道を開くものであり、犬種に応じた安全で効果的な治療設計に応用できると期待されます。

さらに本成果は、イヌCYP2B6の構造・機能情報を通じて、ヒトCYP2B6の酵素機能理解を深める上でも有用です。ヒトとイヌのCYP2B6を比較することで、薬物代謝に共通する普遍的な仕組みと、種特異的な代謝特性の両方を明らかにできると考えられます。これにより、薬物代謝酵素研究の基盤的知見を拡充し、ヒト・イヌ双方の薬物治療の安全性向上に貢献します。
今後は、CYP1A2やCYP2D15など、他のP450遺伝子も統合的に解析し、イヌの薬理遺伝学データベースを構築することで、将来的にはヒトと伴侶動物の双方における精密医療の実現に貢献すると期待されます。さらに、こうした研究の蓄積は、ヒトと動物の健康を共に考え、医療・生命科学を相互に発展させるという「広義のワンヘルス(One Health)」の理念にも通じます。


背景、研究手法・成果等詳細は以下のURLからお読みください。


「イヌの薬物代謝の個体差における原因の一端を解明 -CYP2B6解析でヒトやイヌの安全な薬物治療の発展に貢献-」

https://www.azabu-u.ac.jp/files/pr251029.pdf


<補足説明>

[1] チトクロームP450(CYP)
医薬品や内因性物質を酸化的に代謝する酵素群で、肝臓を中心に生体内に広く存在する。代謝活性は遺伝的多様性により大きく変動し、薬効や副作用の個人差を生じる要因となる。
[2] CYP2B6
ヒトやイヌの主要な薬物代謝酵素の一つであるCYP2B6を発現する遺伝子。CYP2B6はプロポフォール([6]参照)や消炎鎮痛剤のジクロフェナクなどの酸化反応に関与し、薬物の体内動態を決定する。
[3] 遺伝的バリアント
遺伝子の塩基配列に生じた変化を指す。アミノ酸配列やタンパク質構造の違いをもたらし、生物個体間の代謝能や薬物応答の差異を生み出す要因となる。
[4] スプライスバリアント
遺伝子からタンパク質がつくられる過程(スプライシング)で、一部の塩基配列が正しくつなぎ合わされず、一部の配列が欠けたまま翻訳されたバリアントタンパク質が生成される変異を指す。酵素活性に影響を及ぼす場合がある。
[5] ミスセンスバリアント
遺伝子上の1塩基置換により、翻訳されたタンパク質の一部のアミノ酸が別のアミノ酸に置き換わる変異を指す。酵素活性に影響を及ぼす場合がある。
[6] プロポフォール
麻酔導入時に広く用いられる静脈内投与型の麻酔薬である。ヒトではCYP2B6によって代謝され、代謝活性の個体差が薬効や麻酔からの覚醒時間に影響する可能性が示唆されている。
[7] 分子ドッキング・シミュレーション
薬物分子が標的酵素や受容体と結合する位置や強さを、コンピュータ上で予測する手法。薬物と酵素の立体的な相互作用を理解するために用いられる。


<論文情報>

タイトル:
Genetic variants in dog cytochrome P450 2B6 and their relevance to inter-individual variability of oxidations of probe drug propofol
著者名:
Yasuhiro Uno*,†, Koya Fukunaga*, Genki Ushirozako, Norie Murayama, Keijiro Mizukami, Tomomi Aoi, Hirotaka Tomiyasu, Muneki Honnami, Hajime Tsujimoto, Masahiro Sakaguchi, Masaharu Hisasue, Taisei Mushiroda, Yukihide Momozawa†, Hiroshi Yamazaki†
(*共同筆頭著者、†責任著者)
雑誌:
Drug Metabolism and Disposition
DOI:
未定


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【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/