
「三国峠を切り崩す。そうすれば季節風は太平洋側に抜けて、越後に雪は降らなくなる」
新潟県出身の田中角栄元首相は若い頃、そう主張した。「入門 田中角栄」(新潟日報社編)などによると、昭和20年代初めの総選挙に出馬した際の演説だという。工事で出た土で海を埋めれば佐渡と陸続きになる、とも言ったとか。
もちろん本気で実現を目指したとは思えない。雪国と太平洋側との格差を訴えたのだろう。でも今冬、除雪をしながら記者はふと考えた。本当に三国峠を切り崩すなら、どんな大事業になるだろうか。そして雪は降らなくなるのか、と。
まずは工事の疑問から。県内建設最大手の福田組(新潟市中央区)に尋ねると壮大な試算が返ってきた。
(報道部・高橋哲朗)

工期120年、工事費1485兆円…
壮大な計画 福田組(新潟中央区)が試算
田中元首相が演説した「三国峠を切り崩す」事業を実現しようとしたら-。「ダメもと」で建設会社の福田組(新潟市中央区)にお願いすると、工事内容を試算してくれることになった。新潟県内最大手の心意気に頭が下がる。あくまで「夢」の話で、現実の計画ではない点にご留意を。
県境をまたぐ一地点である三国峠だけの工事では、少し心もとない。そこで三国峠から清水峠まで、谷川岳など2千メートル近い山が連なる約18キロの区間で検討してもらった。
突拍子もない見積もりに挑んだのは、技術部の若手社員5人を中心とするチーム。他県の山を参考に、海抜800メートル以上を掘削すれば積雪を抑えられるのではないかと想定した。掘削土砂は935億立方メートルで、琵琶湖の貯水量の3・4倍、デンカビッグスワン4万6700個分に当たる量だ。

さらに「出た土で海を埋めれば佐渡と陸続きになる」という演説についても考察。水深が比較的浅い柏崎市から佐渡市小木の間を埋め立てるプランを立てた。

そもそも、どう掘削するのか。全て爆破する場合、必要な火薬は300億トン。長岡花火の正三尺玉(火薬量80キロ)で3750億個分になる。予算削減のため他の手段も併用するが、基本的には爆破で細かくした土をショベルカーやダンプカーで運び出す方法がメインになりそうだ。
工事期間は100年と設定し、現在ある機材や工法などを検討。リーダーの井貝武史さん(42)は「100年間、毎日工事すると1日当たりどれくらい掘削が必要かを計算した」と説明する。
はじき出した数字は256万立方メートル。この量を日々掘削しては、柏崎の海まで持っていく。10トンダンプなら1日22万台が要る。仮に用意できても2千キロ超の大渋滞が発生してしまう。
そこで使うのがベルトコンベヤーだ。地下に掘ったトンネル内に設置し、土砂を運搬する。山の掘削前にトンネル工事をするため、期間は20年延びる。
長い長い工事の完了予想図は、下の図面の通り。須田翼さん(29)が3次元で作成した。「ここまで広い範囲を3次元に起こすことはない」という力作だ。


これほどの大工事、やはり予算が気になる。海の埋め立てなどを含め、総工事費は1485兆円と見込んだ。国家予算の10倍超の巨大事業。現在の一般的な土木工事から算定した作業員数は1日40万人に上る。

若き日の田中元首相がぶち上げた夢の輪郭が、若い技術者たちの手で浮かび上がった。井貝さんは「計算すると(掘削土砂は)実際に佐渡までの海を埋められる量だった。角栄さんの発想はすごい」と語った。

重機も超大型
三国峠の大事業は、ショベルカーなどの重機も巨大になりそうだ。福田組は具体的な機材までは想定していないものの、「大型の方が効率は上がるだろう」とみる。
使えそうな重機の一つが、建設機械大手コマツ(東京)の超大型ショベル「PC4000」だ。高さは8・3メートルで、3階建ての建物に相当。高さ15メートルまで掘削できる。土をすくうバケットの積載量は40トンで、小学生が千人乗っても持ち上げられるという。
世界最大級の大型ダンプトラック「930E」もある。重量は10トンダンプ20台分で、小学生7400人が乗れる積載量を誇る。
両方とも米国など世界の鉱山で活躍し、一般の目に触れることは少ない。と思いきや、石川県小松市の「こまつの杜」に展示され、搭乗も可能だ。雲をつかむような壮大な事業に、少し実感が湧くかもしれない。

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気象・防災の専門家が解説
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