旧日本兵がニューギニアで絶命した時に持っていた日章旗と生前の写真を持つ(左から)佐々木慶一郎、孫の阿部航大、長女の阿部綾=宮城県石巻市
 旧日本兵がニューギニアで絶命した時に持っていた日章旗と生前の写真を持つ(左から)佐々木慶一郎、孫の阿部航大、長女の阿部綾=宮城県石巻市
 特攻隊員の写真や遺品が展示されている「知覧特攻平和会館」(上)、多数の子どもたちが犠牲になった大川小学校(左下)、満州から引き揚げてきた孤児たち(右下)のコラージュ
 旧満州から引き揚げのとき、蒸気機関車の蒸気の噴き出し口にあてて水を得たやかん=宮城県石巻市
 大川小学校には児童たちによって描かれた世界の子どもたちが手をつなぐ壁画が残されている=宮城県石巻市
 資料館に展示されている軍服など=宮城県石巻市

 戦争の惨禍を伝える展示施設は広島平和記念資料館や長崎原爆資料館、沖縄県平和祈念資料館が広く知られ、国内外からの見学が後を絶たない。一方、日本の各地に私設の資料館が点在し、その中には後継者が不在で閉館を余儀なくされたものも少なくない。宮城県石巻市で60年にわたり4千点の戦争関連の品々を収集し、個人の無料施設としては最大規模の平和資料館を運営する佐々木慶一郎(78)を訪ねた。(敬称略、文・久江雅彦特別編集委員、写真・堀誠編集委員)

 ▽大切な物が古物店に

 ずらりと並ぶ軍服や従軍看護服、国民服、後に一部が黒塗りされた教科書、広島で被爆した瓦や瓶、特攻隊員の残した遺書の写し…。足を踏み入れた瞬間、戦争...

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