残された数多くの合作
會津八一の短歌と書は広く世に知られているが、簡素に描いた墨絵の評価も高く、識者からも一目置かれている。八一の墨絵の多くは、書に添えるために描いており、詩と書の良さを引き出し、共鳴するような作品を数多く残している。
詩書画に秀でた八一と同様に、彼の友人で脳神経外科医で俳人の中田瑞穂(俳号みづほ、1893〜1975年)の詩書画も新潟では聞こえが高い。
瑞穂は島根県津和野町に生まれた。東京帝国大学医学部を卒業後、29歳で新潟医科大学外科教室へ助教授として赴任した。その後、新潟大学で日本の脳神経外科の礎を築き、医学界に大きな足跡を残している。戦後は近所に移住した八一と親交を深め、主治医として八一を公...
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