普通の日常 素直に活写
藁(わら)ぶき屋根の家の窓から顔をのぞかせる少女のはにかんだ顔、ほの暗い部屋の中で糸をつむぐ老婆(ろうば)の手--。
作品と向き合っていると、当時のその場所、その人を知らないはずなのに不思議と懐かしさが込み上げてくる。1970年代といえば、都市と農山村との格差が開き過疎化が進み始めた時代だ。若き日の北井一夫は軽やかに村々を闊歩(かっぽ)し、土と共に生きる人たちのごく普通の日常を心ときめかせながら撮る。そのまなざしは率直だ。農山村の写真に求めがちなノスタルジーや民俗学的な視点から悠々と解き放たれている。
「あの頃はひと月のうち20日は旅をしていたね」と写真家は回想する。「写真の旅人」と題した本...
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