西村幸夫さん
西村幸夫さん

 世界文化遺産への登録を目指し国が今年、国連教育科学文化機関(ユネスコ)へ推薦した「佐渡島(さど)の金山」(新潟県佐渡市)。ユネスコ世界遺産委員会は、ロシアのウクライナ侵攻を受け無期限延期となったが、ユネスコの諮問機関による現地調査は早ければ今夏にも始まる。韓国は「朝鮮半島出身者が強制労働させられた現場」と反発し、日本政府は「主張は受け入れられない」との姿勢を崩さない。国内外で歴史観を巡る議論が起こる中、登録実現には何が必要か。専門家3氏に聞いた。

-「佐渡島の金山」について、戦時動員を巡る日韓政府の意見が対立しています。

 「推薦書は(ユネスコの諮問機関)イコモスに送られ、専門家によって審査される。政治的な問題を抜きにして、誠実に議論を進めるべきだ」

-2015年に世界遺産に登録された長崎市の端島(通称・軍艦島)などの「明治日本の産業革命遺産」について、ユネスコ世界遺産委員会は昨年夏、朝鮮人労働者に関する説明が不十分と決議しました。

 「実際(佐渡金山と)同じような問題が問われているので、日本側が決議に対ししっかりと答えないと、やりたいことだけ進めていると受け取られる。日本政府は、佐渡とは切り離して、この決議にきちんと向き合わなければならない」

-世界遺産条約の作業指針には、推薦の際に関係国間で話し合いを促す文言があります。

 「軍艦島の場合は、(推薦内容が)朝鮮人動員とほとんど変わらない時代だったが、佐渡は江戸時代までとしているので違う。なおかつ、佐渡は推薦書の中に朝鮮人動員を明記しており、無視しているわけではないので問題はない」

-イコモスの現地調査はどのように行われますか。

 「基本的には、遺産の価値を見るのではなく、推薦資産とバッファゾーン(緩衝地域)との線引きが適切なのかということを、現場で地図を見ながら確認するのが第一。保存維持の確認や、体制をよく見ることになる。最近は、ローカルコミュニティーがいかに遺産を維持できるかという点がすごく重視されるので、地元が協力的だという体制を見せることが大事だ」

-イコモスの判断に、韓国の働きかけは影響しますか。

 「(戦時徴用の)賠償と文化遺産の話を混ぜると、学術的な判断ができなくなるので、それらを分けることに関しイコモスの専門家は割合と冷静だ」

-当初の予定通りなら、世界遺産委員会は2023年夏に佐渡の登録の可否を判断することになります。そのとき日本は委員国ですが、韓国は違います。日本にとって有利と言えるでしょうか。

 「委員国が最終的に登録を決めるので、その意味では影響はある。ただ、基本的には委員国に多数派工作をして登録を決めるのではなく、価値について議論し納得して決めるべきだ」

◎西村幸夫(にしむら・ゆきお)1952年、福岡市生まれ。東大教授、東大副学長、佐渡金銀山世界文化遺産学術委員会委員、文化審議会世界文化遺産特別委員会委員長、日本イコモス国内委員会委員長、神戸芸術工科大大学院教授などを歴任。2020年から国学院大教授。専門は都市計画など。

<戦時中の朝鮮人労務動員>日本政府は1939年、日中戦争の長期化に伴って、労働力の不足を補うため、労務動員実施計画を閣議決定した。日本統治下にあった朝鮮半島の人々も動員対象となった。39年から「募集」、42年から「官あっせん」、44年からは「徴用」の形式で動員された。「佐渡鉱山史」(平井栄一編)によると、佐渡鉱山では戦時中に朝鮮人1519人が動員され、削岩作業などに従事したという。