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新潟と戦争

[戦後80年]直江津捕虜収容所跡の平和記念公園(上越市)開園30年 遺族ら式典で献花
[戦後80年]旧黒川村(胎内市)の山中に墜落した戦闘機「隼」忘れない 搭乗員の慰霊碑を清掃
軍服、遺書、手りゅう弾…戦後80年、平和の大切さ知って 妙高市で千点超える史料が並ぶ企画展が開催
知ってほしい原爆被害の苦しみ、平和の大切さ 被爆者の体験を伝承する男性が阿賀野市で講演
[戦後80年]過酷な戦地で倒れた軍馬、ニンジンなど供え犠牲悼む 新潟市中央区・護国神社で慰霊祭
[戦後80年]戦死者を悼み記憶継承誓う 長岡市戦没者追悼式に遺族ら参列「悲痛な思い次代へ」
戦争へのメディアのあるべき姿とは? 新潟市中央区で記者・小柳胖氏の捕虜体験巡りシンポジウム
長岡空襲殉難者名簿への登載、“証拠”なければ難しく…犠牲者の氏名、数の把握はどうあるべきか?
[戦後80年]「遺骨戻らぬ人多く心残り」…田上町で最後の戦没者慰霊祭 主催する遺族会が2025年度末に解散
自作の模型や絵本使い平和の大切さを考える 長岡市表町小6年生が学習の成果を市長らに発表
「バターン死の行進」本間雅晴中将(佐渡出身)初公開の手紙 処刑前に「地球上に正義は存在しない」…深い失望にじむ
【全文掲載】石破茂首相、戦後80年所感を発表 斎藤隆夫氏「反軍演説」に触れ、健全な言論空間の必要性説く
戦後80年見解で話題の斎藤隆夫氏「反軍演説」、当時の新潟新聞はどう伝えたか 新潟との意外な縁も!? [新潟日報fromアーカイブ]
[戦後80年]激戦地ガダルカナル島やビルマで亡くなった県人に平和誓う 長岡市で慰霊祭
考えよう核兵器も戦争もない世界…ノーベル平和賞受賞の被団協・田中熙巳さんが10月4日新潟市で講演
企画展「捕虜になった記者 小柳胖」関連シンポ、10月11日に新潟市中央区で開催 「戦争とメディア」考える
[戦後80年]津南から旧満州に渡った「満蒙開拓団」 犠牲者忍び慰霊祭 3分の1が死亡・行方不明
[戦後80年]昭和天皇が柏崎市「飯塚邸」を「人間宣言」の翌年に巡幸、写真や当主の手記が伝える素顔…地元住民と交流も
終戦直後の占領軍向け慰安施設は新潟県にも、女性を「性犯罪から守る」一方「性接待に差し出す」…ゆがんだ国策の実態 新潟女性史クラブ、20年前に調査し冊子発行
連合艦隊司令長官・山本五十六が「野球観戦記」を書いていた…旧制長岡中学時代に生徒会誌「和同会雑誌」へ寄稿