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新潟と戦争

[戦後80年]村松兵営跡営門(五泉市)少年通信兵が訓練、出征…「悲劇の歴史知ってほしい」 無言の語り部・県内の戦争遺跡を訪ねて
[戦後80年]旧師団長官舎(上越市)城下町から「軍都高田」へ…変貌遂げた歴史、今に伝える 無言の語り部・県内の戦争遺跡を訪ねて
[戦後80年]戦争の悲惨さ、命の尊さ語り継ぐ 妙高市で戦没者追悼法要、1691羽の折り鶴に恒久平和願う
[戦後80年]長岡空襲の悲劇、忘れない…長岡市・戦災資料館で「殉難者遺影展」始まる 新潟鉄道教習生の遺族「追慕の集い」に初参加
長岡空襲で犠牲になった少女9人の経歴・遺影が取材で判明…長野などから疎開の鉄道教習生たち、不慣れな町で戦火に【戦後80年】
[戦後80年]凱旋門(佐渡市)出征兵士を見送ったシンボル、片方の土台跡とウェブサイトが記憶伝え 無言の語り部・県内の戦争遺跡を訪ねて
戦後80年「悲惨な戦争、繰り返さない」出雲崎町遺族会が新潟市の護国神社を6年ぶり参拝、平和への思い強く
沖縄慰霊の日、新潟県内でも犠牲者追悼…戦後80年「沖縄戦の記憶と現在の安全保障問題に関心持って」
[戦後80年]服務規程に防空訓練、戦時下の世相伝え…「帝国在郷軍人会」分会発足時の資料、長岡市科学博物館で展示中 戦後の処分逃れ残存、展示は6月22日まで
[戦後80年]旧中島浄水場(長岡市)焼け残った4棟…焼夷弾が直撃した爪跡、今も予備発電機室棟の屋根に 無言の語り部・県内の戦争遺跡を訪ねて
[戦後80年]阿賀・鹿瀬には捕虜収容所があった 研究者が地元で講演、過酷な労働環境など紹介
[戦後80年]はぐれた家族を捜す声「今も耳から離れない」 長岡戦災資料館で、長岡空襲の語り部から体験を聞く会
[戦後80年]客車に手を振り、出征する父と「最後の別れ」…新潟市・護国神社で戦没者追悼式、遺族が体験語る
悲惨な歴史忘れない…日中友好と平和へ祈り 十日町市で戦時下に強制労働を強いられた中国人の追悼式典
米軍の魚雷で撃沈、数名だけ佐渡に漂着…国家機密になった輸送船「牡鹿山丸」の惨事 戦後80年に振り返る
[戦後80年]旧満州で死地さまよう…村上市ゆかりの俳優・宝田明さん、映画「ゴジラ」を通して語った平和
焼夷弾の一部や防空頭巾…、加茂で戦禍の記憶刻む品の企画展 5月末まで、銃後の女性にも焦点
民間人も送り込まれる不条理…「モンゴル抑留の知られざる実態」とは?死亡記録を遺族へ届け続けるジャーナリストの思い
[戦後80年]被爆2世の思い、つなぐ 県原爆被害者の会・西山謙介事務局長死去…後継の西澤慶子さん、決意新た
[戦後80年]1945年8月の長岡空襲の惨禍まざまざと 長岡戦災資料館で体験画を展示、6月15日まで