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新潟と戦争

[戦後80年]服務規程に防空訓練、戦時下の世相伝え…「帝国在郷軍人会」分会発足時の資料、長岡市科学博物館で展示中 戦後の処分逃れ残存、展示は6月22日まで
[戦後80年]旧中島浄水場(長岡市)焼け残った4棟…焼夷弾が直撃した爪跡、今も予備発電機室棟の屋根に 無言の語り部・県内の戦争遺跡を訪ねて
[戦後80年]阿賀・鹿瀬には捕虜収容所があった 研究者が地元で講演、過酷な労働環境など紹介
[戦後80年]はぐれた家族を捜す声「今も耳から離れない」 長岡戦災資料館で、長岡空襲の語り部から体験を聞く会
[戦後80年]客車に手を振り、出征する父と「最後の別れ」…新潟市・護国神社で戦没者追悼式、遺族が体験語る
悲惨な歴史忘れない…日中友好と平和へ祈り 十日町市で戦時下に強制労働を強いられた中国人の追悼式典
米軍の魚雷で撃沈、数名だけ佐渡に漂着…国家機密になった輸送船「牡鹿山丸」の惨事 戦後80年に振り返る
[戦後80年]旧満州で死地さまよう…村上市ゆかりの俳優・宝田明さん、映画「ゴジラ」を通して語った平和
焼夷弾の一部や防空頭巾…、加茂で戦禍の記憶刻む品の企画展 5月末まで、銃後の女性にも焦点
民間人も送り込まれる不条理…「モンゴル抑留の知られざる実態」とは?死亡記録を遺族へ届け続けるジャーナリストの思い
[戦後80年]被爆2世の思い、つなぐ 県原爆被害者の会・西山謙介事務局長死去…後継の西澤慶子さん、決意新た
[戦後80年]1945年8月の長岡空襲の惨禍まざまざと 長岡戦災資料館で体験画を展示、6月15日まで
[戦後80年]県内で初めて空襲被害者が出た「直江津空襲」 当時5歳で体験、3人死亡も「被害は皆無」…事実伝え、不戦願う
[戦後80年]鎮魂と平和祈る場守りたい…長岡市「ガ島・ビルマ方面戦没者慰霊碑」を県人遺族ら清掃
直江津捕虜収容所で死亡したオーストラリア兵捕虜のめい、上越市の平和記念公園や展示館を訪問
[戦後80年]県内の「遺族会」解散相次ぎ存続の岐路… 「平和の語り部」育成も急務、戦争の記憶継承するには
戦争の悲惨さを伝えていく 長岡市で連合艦隊司令長官・山本五十六の命日の法要、遺族ら参列
[戦後80年]少年通信兵 慰霊の銘板、村松公園(五泉市)に設置 悲惨な歴史伝え続ける
「地獄のようだった」シベリア抑留…柏崎市出身の西倉勝さん、次世代に戦争の悲惨さ訴え 東京で平和未来フォーラム
旧日本軍輸送船「日連丸」撃沈から81年 新潟県出身者数百人が犠牲も軍事機密に、戦後40年経てようやく判明