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新潟と戦争

[戦後80年]開拓団の悲劇忘れず…「満州柏崎村の塔」に献花台設置 8月15日まで
[戦後80年]硫黄島で捕虜になった新聞記者…故・小柳胖氏の足跡たどる企画展、にいがた文化の記憶館で11月3日まで
[戦後80年]シベリア抑留、寒さと過酷な労働…新潟市中央区・101歳の村山元威さん、「いつか帰れる」希望失わず 連載[戦争の果てに…時代の証言]<3>
[戦後80年]新潟の空襲、悲劇忘れない…中学生ら水戸教公園祈念碑(新潟市中央区)で犠牲者を悼み献花
[戦後80年・特集]新潟県の軍人・軍属戦没者7万2826人…中国へ出征した兵士2人が残した「戦禍の記録」
ソ連の満州侵攻から80年、現地で亡くなった新潟県人を悼む慰霊祭・護国神社 シベリア抑留で亡くなった人の慰霊も
長崎への原爆投下から80年、新潟市役所でも約100人が鎮魂の祈り 核廃絶誓う
[戦後80年]資料で絵本で詩集で…「戦争と平和」について考えよう 下越地域の図書館に特設コーナー
[戦後80年]新潟から旧満州に渡った移民の歴史、調査20年…成果を書籍に、元教員の高橋健男さん(見附市)自費出版 新潟市中央区・護国神社で9日慰霊祭
[戦後80年]軍国主義の愚かさ、被爆地の惨状を克明に伝え…柏崎市で「戦争展」「原爆展」
[戦後80年]長岡空襲で多くの人が飛び込み亡くなった柿川…戦時の惨状、現在の穏やかな川から想像できず 連載[20代記者がたどる悲劇の地]<1>
[戦後80年]惨禍の記憶が薄れる危機感…新潟の高校生が被爆地広島へ、自分事と捉え発信活動「非核への声上げ続ける」 連載[語り継ぐヒロシマ]<下>
兵士たちが最期に叫んだ言葉は「お母さん」…衛生兵として“今わの際”見つめ、新発田市の難波春栄門さん 連載[草の根の記憶 寄稿集『生きる』から]<2>
古参兵のしごきに耐えて中国へ出征、監獄の壁に残された「祖国よさらば」に涙…新発田市の菅恒栄門さん 連載[草の根の記憶 寄稿集『生きる』から]<1>
[戦後80年]5歳で原爆孤児に…被害の実相伝え続ける飯田國彦さん、今もよみがえる「あの日」の記憶 連載[語り継ぐヒロシマ]<中>
[戦後80年]長岡空襲の記憶なくても語り部に、リアルな証言伝えて…悲惨さ知る遺族らへ、長岡戦災資料館が参加呼びかけ
[戦後80年]佐渡市願集落で起きた悲痛な機雷爆発事故、何があったのか…市内の小学校教員が歴史学ぶ研修会
原爆ドームや平和祈念像…戦争の悲惨さ塗り絵で伝える 柏崎で園児や小学生の作品100点展示
[戦後80年]平和願い交流これからも…長岡市の姉妹都市・米ハワイ州ホノルルの広報担当らが訪問、磯田達伸市長と懇談
[戦後80年]戦争中の新潟の様子を後世に…1998年刊行の書籍「戦場としての新潟」新潟市がデジタル化し公開