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新潟と戦争

[戦後80年]胎内市ゆかりの犠牲者を悼み、恒久平和祈る 戦没者慰霊祭で遺族ら献花
[戦後80年]広島の被爆体験、どう語り継ぐ…「伝承者」育成の研修に新潟の高校生も意欲、AI活用する疑似対話も
[戦後80年]広島の原爆被害、33歳の“伝承者”が新潟市で講演「知ることが平和への第一歩」
金属代わり陶器で作られたアイロン…生活用品ににじむ銃後の生活 佐渡で11月まで企画展
[戦後80年]「火ダルマになり川に飛び込む」…長岡空襲体験談、実像伝える貴重な資料に 長岡ペンクラブ年刊誌「ペナック」1980~90年代に連載
[戦後80年]学童疎開した上越市で人々の優しさに触れ…葛飾区の91歳男性ら、受け入れ先巡る「感謝行」今も
[戦後80年]「魚雷2発食らった」が不発、九死に一生…新潟市秋葉区・104歳の土橋政治さん、乗った艦は後に全て攻撃に沈み 連載[戦争の果てに…時代の証言]<9>
真珠湾攻撃「小さな勝利」…連合艦隊司令長官・山本五十六が妻の実家に2通の手紙、福島県立博物館が初公開
終戦直後の占領軍向け慰安施設、女性の募集広告は新潟日報にも…「急募」「至急」確保急ぐ
終戦直後の占領軍兵士を性接待する慰安施設、設営や女性に関する新潟県警の内規を発見 津川署が作成
[戦後80年]1939年に3人の兵士を弔った小千谷市…町葬の記録映像を企画展で公開、戦地から家族に宛てた手紙も展示 市郷土資料館で10月5日まで
[戦後80年]キャンドル400個に願った平和、「世界中のみんなが笑顔で過ごせますように」新発田市でイベント
慰霊塔に殉難地の碑…長岡空襲の史跡バスで巡る催し開催 8月23日、参加無料
[戦後80年]当時12歳、たった一人で朝鮮半島から引き揚げ…見附市・90歳の松井晃さん、凄惨な体験を自分史に 連載[戦争の果てに…時代の証言]<8>
[戦後80年]“故郷”サイパン訪ね知った戦争のむごさ…阿賀野市・82歳の佐藤久枝さん、「伝えなければ」と語り部に 連載[戦争の果てに…時代の証言]<7>
[戦後80年]満州開拓団の集団自決で亡くなった弟2人…新潟市中央区・93歳の小出公司さん、現地で供養“再会”果たす 連載[戦争の果てに…時代の証言]<6>
父の出征で家族の生活一変…女性の社会進出が進んでいない時代、公的支援も遅く「戦災母子家庭」の苦労は戦後も 戦後80年・連載[“銃後”~振り返るあの日々]<5>
「国民学校は少年兵をつくり出す組織だった」一変した学校生活 戦後80年・連載[“銃後”~振り返るあの日々]<3>
「節米」に「白米禁止令」…戦争の長期化で食糧不足も深刻に、コメに野菜混ぜ“かさ増し”した記憶 戦後80年・連載[“銃後”~振り返るあの日々]<2>
【戦後80年】“最後の日本兵”皆川文蔵さん(胎内市出身)8月15日で終わらなかった戦争、生き抜いた16年 [昭和100年の日報ニュース]