東京電力福島第1原発の処理水を海に放出する計画の安全性が担保されても、国民が安心できるとは言い難い。風評被害を懸念する漁業者らの反対は根強い。

 将来にわたる海洋放出への不安をどう取り除くのか。政府と東電は関係者の理解を得るとした約束を守らねばならない。

 処理水の海洋放出を巡り安全性を検証してきた国際原子力機関(IAEA)は4日、放出計画は「国際的な安全基準に合致する」との包括報告書を公表した。

 計画通りの段階的な放出であれば、人や環境への放射線の影響は「無視できるほどごくわずかだ」と評価している。

 これとは別に原子力規制委員会は5日、放出設備が正常に作動することが確認できたとして、使用前検査の合格を示す終了証を7日に東電に交付する方針を示した。

 放出に必要な設備面の準備は全て終わる見通しとなった。岸田文雄首相は「夏ごろ」としてきた放出開始の具体的な検討に入る。

 トリチウムを含む処理水の保管量は約133万トンで、容量の約97%に達したことが背景にある。

 首相は「健康や環境に悪影響のある放出を認めることはない。科学的根拠に基づき、丁寧に説明していきたい」と述べた。

 科学的に安全だとお墨付きを得ても、買い控えなどの風評被害はいつでも起こりえると首相は自覚するべきだ。漁業者にとって風評被害は復興の足かせとなる。

 政府と東電が2015年に福島県漁業協同組合連合会にした約束は「関係者の理解なしには(処理水の)いかなる処分もしない」という重い内容だった。

 連合会の野崎哲会長は5日、国に「われわれの反対の中で海洋放出事業が進んでいる緊張感を持ってほしい」とくぎを刺した。

 政府は真摯(しんし)に受け止めなくてはならない。放出で生じる結果に全責任を負う覚悟が求められる。

 一方、放出への理解を得る道筋ははっきりしていない。にもかかわらず官邸筋は、首相が政治決断する時期が近いとの見方を示す。

 科学的な説明を押し付けるだけでは理解は得られず、反対を押し切っての決断は断じて認められない。安心感を得られるよう丁寧な対応が欠かせない。

 漁業の将来に放出がどう影響するのかは誰にも見通せない。政府は原発事故の影響を受けた漁業者らに寄り添ってもらいたい。

 中国や韓国でも海洋放出への批判がある。事実誤認があれば正確な情報を積極的に発信し、不安を払拭していくべきだ。

 東電は原発事故直後に汚染水を海に流出させ、廃炉作業でのトラブルも尽きない。設備を安全に運用できるかの不信感は拭えない。

 数十年に及ぶ放出をしっかりと遂行できる、信頼に足る組織かどうかが問われることになる。