これは持ち味を発揮したということなのか。就任以来「聞く力」をアピールしてきた岸田文雄首相が、9月の自民党総裁選に出馬しないと表明した。20%台に落ち込んだ支持率は一向に回復の兆しが見えず、党内からも退陣を求める声が上がっていた
▼もっとも政策面では、この旗印の信憑(しんぴょう)性は随分怪しくなっていた。国会でさしたる議論も経ないまま、国の方針を大きく転換させた。安全保障分野では、他国領域のミサイル基地などを破壊する反撃能力の保有に向けて一歩を踏み出した
▼原発政策は、福島第1原発事故後に依存度を下げる方針を掲げてきたが、最大限活用する姿勢へとかじを切った。避難計画の実効性など、住民から疑問の声が上がっても、きちんと耳を傾けた様子はうかがえなかった
▼自らの内閣で何をやり遂げたいのか、見えにくい首相だった。憲法改正にも意欲を示したが、それが信念に基づくものなのか、保守派への配慮なのか、実相はなかなか伝わってこなかった
▼自ら積極的に聞こうとしたかはともかく、いろいろな声が聞こえてきたのだろう。多方面に気を使わざるを得なかったのか、何らかの色を打ち出すことは少なかった。不出馬の理由として、自民党派閥の裏金事件を挙げ「誰かが責任を取らないといけない」と述べた。ただ、淡々とした表情から胸の内を読み取ることは難しかった
▼「聞く力」を旗印に首相の座に就いた岸田氏はまもなく退く。来月の総裁選では、どんな旗印が掲げられるのだろう。