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新潟と戦争

連載[戦後78年・記録でたどる戦争]<番外編・上>20歳で共に出征、死を覚悟して酒を分け合った夜…戦友の手紙で知った父の「戦中」・新潟長岡市の男性
[新潟・戦後78年]ソ連兵に突き付けられた銃剣の感触「今でも忘れない」 満州へ渡った酒井和美さん(91)=新潟五泉市= 父を失い、憧れの大地が一変 ロシアの侵攻に重なる記憶、平和願い涙
[解説・長岡空襲とは]米軍、爆撃目標の都市をリスト化-新潟市は32番目、長岡市は73番目に記載 大都市から中小都市へ標的拡大
連載[戦後78年・記録でたどる戦争]<6>焼夷弾の雨が襲った長岡空襲 「いたるところがれきの山、悲惨の極み」 与板町(現新潟長岡市)で暮らした男性が80歳から記した回想録
連載[戦後78年・記録でたどる戦争]<5>「児童と居る時が一番の楽しみ」台湾で日本語教育に心血、植民地支配超えた絆 新潟三条市出身の男性がつづった日記
連載[戦後78年・記録でたどる戦争]<4>「兵隊さん、さあお夕食を」物資不足の中、兵士を元気づけようとした少女たちの思い 長岡高等女学校(新潟・現長岡大手高校)の慰問帳
語り継ぐ原爆の記憶、動き出す若者たち 広島市で20代ガイドが活躍「自分事として感じて」 新潟県内旅行社も修学旅行プラン
白黒写真をAIなど活用してカラー化、展示する動き広がる 新潟長岡市の「長岡空襲」関連でも彩色・東京大学の渡邉英徳教授
連載[新潟戦後78年・つなぐ思い]<6>「死ぬんじゃない生きるんだ!!」手記に刻んだ過酷なシベリア抑留、非戦の思いは家族へ 故・山﨑徹爾さん(享年99)=上越市=
連載[戦後78年・記録でたどる戦争]<3>山本五十六戦死に「声もあげ得ず立ちすくんだ」“一大関心事”の大本営発表、戦意あおったメディア 来迎寺村浦(現新潟長岡市)出身画家の日記
連載[新潟戦後78年・つなぐ思い]<5>戦地と内地をつないだ手紙と日中戦争の従軍記、家を守る決意や本音 戦地での思いを伝える 熊倉陽子さん(82)=阿賀野市=
[読みトキ・戦後78年編]学童疎開って何?どうして行われた?新潟県の関わりは? ニュースQ&A
連載[戦後78年・記録でたどる戦争]<2>家族の幸せ祈り、22歳で戦病死-出征前「好きな交響曲、時々聞かせてください」 見附町(現新潟見附市)出身男性がしたためた遺書
[読みトキ・戦後78年編]徴兵制って何?どんな制度?若い人も戦地にいったの?
連載[新潟戦後78年・つなぐ思い]<4>南方からの手紙につづられた望郷の念、戻ってきた”返信”に大叔父の運命知る 田辺真理子さん(58)=新潟市中央区=
全国戦没者追悼式、新潟県遺族代表の川﨑三一さんが献花 28歳で戦死の父悼む
戦争が2人を敵同士にした…元米軍将校の日本文学研究者・ドナルド・キーンさん、元捕虜の日本人と戦後に育んだ友情 新潟柏崎市で交流たどる企画展
[新潟戦後78年]太平洋戦争とは?年表などで見る新潟と戦争の関わりは?
戦没者まつる忠霊塔、遺族高齢化で維持管理が課題 「風化させられぬ」新潟新発田市・紫雲寺遺族会の野澤義教さん、一人で汗
連載[戦後78年・記録でたどる戦争]<1>熱狂一転、敗戦の虚無感-玉音放送聞き「国民は何をやる勇気もない」 片貝村(現新潟小千谷市)出身の翻訳家が残した日記