伝馬船が漂着したと考えられる入り江を説明する濱野浩さん=佐渡市小川
伝馬船が漂着したと考えられる入り江を説明する濱野浩さん=佐渡市小川

 今から80年前の1945年6月13日、石川県輪島沖120キロの海上で、陸軍輸送船「牡鹿山丸(おじかさんまる)」が米軍の魚雷を受け沈没、数名の船員が搭載されていた小型艇に乗り4日後に金泉村(現在の佐渡市)に漂着した。50人ほどが命を落としたが、軍事機密として扱われ、公になることはなかった。佐渡で事件が知られたのは50年後。当時、相川町職員だった濱野浩さん(72)は「太平洋や東南アジアではなく、日本海で米軍による魚雷被害があったと知り驚いた」と話す。

 1945年6月17日の明け方、佐渡市北西部の小川集落の小さな入り江に1隻の伝馬船が漂着した。その船に乗っていたのは4日前の6月13日未明、能登半島...

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