世界文化遺産への登録を目指す「佐渡島(さど)の金山」(新潟県佐渡市)。2022年2月、政府が国連教育科学文化機関(ユネスコ)に国内候補として推薦書を提出した。佐渡の市民有志が登録を目指しグループを立ち上げて四半世紀。悲願達成へようやく針が進み始めた。しかし、不備の指摘を受け推薦書の再提出という前代未聞の事態に陥った。混迷する今だからこそ、世界遺産を問い直したい。佐渡金山の価値とは何か。世界遺産登録までにはどのような障壁があるのか-。多角的な視点で掘り下げる。シリーズ「ドキュメント永田町の金山」は、政治に翻弄(ほんろう)された佐渡金山の2年を追う。

雲でかすむ、佐渡金山のシンボル「道遊の割戸」。世界文化遺産登録に向け、異例の道のりをたどってきた=佐渡市下相川

 「世界遺産委員会の決議を真摯(しんし)に受け止め、誠実に対応してきた。今後も適切に対応する」。2日、外務省の会見室。日本政府が11月30日にユネスコに提出した報告書について、外相・林芳正は表情を変えず、淡々と述べた。

 報告書は、世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産」の一つ、長崎市の端島(通称・軍艦島)で戦時徴用された朝鮮半島出身者に関するもの。ユネスコ世界遺産委が、犠牲者を記憶にとどめる説明が不十分だとして2021年7月、改善を求め決議していた。

 内閣官房から説明を受けた関係者によると、報告書では犠牲者に関する史料を分かりやすく展示するコーナーを産業遺産情報センター(東京)に設置するなどと説明。一方で徴用は朝鮮半島出身者も含む日本国民に行われたと、従来の主張を展開している。

 「明治日本」の登録に携わった関係者は「捉え方は立場で異なるが、ゼロ回答とみる人もいる」とする。政府関係者は「ユネスコがさらなる改善を求めてくる可能性もあり得る。そうなると、影響は避けられないだろう」と顔をゆがめた。

 影響とは「佐渡島の金山」の世界文化遺産登録を指す。軍艦島を巡る日本政府の対応に不満を持つ韓国が、佐渡金山も同様に「強制労働の現場だった」として、登録に反対しているためだ。

 明治日本が世界遺産に登録された15年。日韓両国は軍艦島を巡り激しく対立した。日本政府は世界遺産委の席上で「犠牲者を記憶にとどめるために適切な対応を取る」と表明。約束を履行するため20年には同センターを開設したが、展示内容が不十分だとして韓国が再び反発。世界遺産を巡る日韓の溝は深まっていった。

 世界遺産に関わってきた政府関係者は断言する。「遺産登録には国際政治が関係する。佐渡金山は、明治日本抜きには語れない」

 佐渡金山がたどる異例の道のりは、世界遺産委が明治日本に関して決議した21年7月の1カ月前にさかのぼる。(敬称略)

<世界文化遺産>1975年に発効した世界遺産条約に基づき、歴史的建造物や遺跡を対象にユネスコが人類共通の財産として登録する。国内には姫路城など20件がある。文化審議会が推薦候補を原則毎年1件選定し、政府がユネスコに推薦書を提出する。登録可否は21カ国で構成する世界遺産委員会が決める。