新潟のうまい酒や肴(さかな)、酒にまつわる出会いをつづるコラムを始めます。「還暦記者の新潟ほろ酔いコラム(略称・新潟かんほろ)」。日本酒の一大産地として知られる新潟県ですが、クラフトビールやワイン、ウイスキーといった「地酒」が次々と生まれ、今や多様な酒文化が花盛り。酒席で人生の多くを学んだ新潟日報社の森沢真理・特別論説編集委員が担当します。
◆[晩酌の友]猫おかみ・安吾ちゃん
晩酌に付き合ってくれる猫おかみ、安吾ちゃん(元保護猫の雌、3歳)の動画もアップします。新潟市出身の無頼派作家、坂口安吾へのリスペクトを込めての命名です。
◆「モガ」のチエコさんは学芸部長になった。
夜中に食べたハワイアンステーキ
この春、62歳になった。新潟日報社の記者では最年長だ。還暦を過ぎた女性が新聞社にいられる時代が来るとは思わなかった。
入社は40年前の1982(昭和57)年。当時の上司が学芸部デスクだった石川チエコさん(故人)だ。31年、旧北蒲豊浦町(現・新潟県新発田市)出身。戦後間もない49年に入社した。おしゃれな眼鏡をかけ、ヘビースモーカー。「広瀬」の旧姓で通し、モダンガールと呼びたい雰囲気をまとっていた。新潟日報社で初めて、出産後も仕事を続けた記者でもあった。
よく飲みに連れていってもらい、帰り際には信濃川べりにあったマンションの自宅でごちそうになった。「女は男の3倍働かなきゃ、認めてもらえない」「男と対抗しようというのじゃないの。ただ社会の中で物事を決めるのはいつも男、女は手足というのがおかしい」。ビールをあおり、気を吐く姿は格好よかった。
そんなある夜のこと。「小腹がすいたね」。チエコさんがふらりと台所に立った。10分ほど後、出てきたのは湯気を立てた分厚いハム。缶詰のパイナップルを添えたハワイアンステーキだ。甘酸っぱいソースが食欲をそそる。夜中なのに、こんな華やかな肴をあっという間に作れるとは。

女川ハム工房のプレスハムを使ったハムステーキ。ソースはしょうゆとパイン缶のシロップを合わせ、甘酸っぱい味にしてみた
チエコさんが20代のころ、女性は妊娠したら退社するのが不文律だったという。24時間働くのが当たり前という風潮が強い新聞社で、産休を取る記者などあり得ない存在だったのだ。妊娠が分かった時、チエコさんは悩み、女性の先輩に相談した。子どもを持たない選択をした人だった。
「一緒に、編集局長に直談判しよう」。そう言ってくれ、2人は一升瓶の日本酒をぶら下げて局長宅に行った。「仕事を続けさせてほしい」という訴えを、局長は酒を飲みながら聞いていた。最後には「仕方ねえろ」と言って、認めてくれたそうだ。
チエコさんは学芸部長になった。編集局で初めての女性部長である。けれど家族の介護のため、定年を待たずに退職した。
男女共生社会を目指す「にいがた女性会議」代表や新潟県人事委員を務めたが、肺がんを病み、61歳で亡くなった。子どもを育てながら「男の3倍」働くために、どれだけの負荷をその心身に課したのだろう。
少しくたびれたな、と感じた時、私はハムを焼き、パイナップルを飾る。それだけで、頭の上にハワイの青い空が広がる気がする。

長谷川義明新潟市長(当時)との懇談会で、「にいがた女性会議」の代表として市政に対する意見を述べる石川チエコさん(中央の立っている女性)=1991年5月、新潟市役所
◆酒と具材を求めてふらり
「うまい」のヒントはプロに聞くべし!
ハムステーキに合う酒とは-。ビールもいいが、新潟県産の日本酒を合わせてみたい。新潟日報の「おとなプラス」にも登場した新潟市中央区の吉川酒店を訪ねた。
店長の吉川章大(あきひろ)さん(51)が選んでくれたのは、新潟県長岡市栃尾大町の蔵元、越銘醸の「壱醸(いちじょう)」の純米酒(720ミリリットル、化粧箱なしで1980円)。「甘さ、辛さ、酸味のバランスがよく、洋風の料理に合う」という。
原料は新潟県産の酒米「越淡麗」。中越地震後、耕作放棄の危機に陥った地元の棚田を守るため、越銘醸が地域の酒店、農家と力を合わせて育ててきたコメだ。「原料の栽培、醸造、販売までオール栃尾発。純米酒は精米歩合が50%。大吟醸並みの規格です」。同社取締役・営業部長の武藤(ぶとう)光則さん(61)が言う。
ハムは、新潟県関川村の女川(おんながわ)ハム工房がソテー用に薦める「プレスハムステーキ」(1パック500円)を購入した。原料は地元の豚肉。熟成肉の塊に背脂をプレスした。製造責任者の「ハムおやじ」こと大島信一さん(73)は「肉は大きさで食感が変わる。さっと焼くくらいがうまい」と話す。純米酒のふくよかさが、ハムの脂を引き立てる。またお酒が進みそうだ。
◆[お買い物info]
◎吉川酒店 025(222)2832
◎越銘醸 0258(52)3667
◎女川ハム工房 0254(64)0296
◆[ほろ酔いレシピ]さあ、ハワイアンステーキでも作ろうか

材料(2人分) 厚切りのハム2枚▼缶詰のパイン2切れ▼ソース(パイン缶シロップ、しょうゆ、酒、すりおろしニンニク=チューブ入りでOK)
(1)ソースを作る。シロップとしょうゆを大さじ1ずつ入れ、酒少々、ニンニク少々を合わせる。味はお好みだが、ハムの塩気があるのでやや甘めに。塩コショウだけでも十分うまい。
(2)フライパンでハム、パインを焼き、皿に取る。脂が多いハムなら油は不要。
(3)(1)をフライパンに入れて少し煮詰め、ハムとパインにかける。庭に生えているハーブのレモングラスを飾ったが、なくてもOK。

にゃーん
◆[酒のアテにこぼれ話]
ニッポンのロマネコンティ!?
せみ時雨が降る中、晩夏の風が棚田を吹き過ぎていく。標高約380メートル、長岡市一之貝にある越銘醸の栽培田だ。
武藤さんがすくすくと育った酒米、越淡麗の稲を指さした。「少しずつ、背丈が違うでしょ。まいた肥料に、ムラがあったんだな。まだまだプロの農家のようなわけにはいかない」
銘酒「越の鶴」で知られる越銘醸が、棚田で酒米づくりを始めたのは2006年。武藤さんは地元酒店と「棚田の生き物を愛する会」を結成し、険しい山道を通って農作業を続けた。

壱醸の純米酒を手にする越銘醸の社員。背後には、酒米を栽培する棚田が広がる。左が酒米作りの中心的存在でもある武藤光則さん=長岡市一之貝
60アールで始めたが、水加減も分からず、試行錯誤の連続。ようやく実りを迎えた時には、「もったいなくて売れない」の声が出たほどだった。収穫したコメを醸した酒は「壱(田植え)から手掛ける酒造り」との意味で「壱醸」(いちじょう)と名付けた。清酒は純米、純米大吟醸など4種類。最高峰が精米歩合21%の「壱醸21」だ。
営業担当の滝沢晃さん(52)は「うちの酒造りは、フランスワインで言う『ドメーヌ』なんです」と話す。ブドウの栽培から醸造、瓶詰めまで行う生産者のことで、小規模な所が多い。有名なのがロマネ・コンティ。栃尾発の酒が「日本のロマネ・コンティ」と呼ばれる日が楽しみだ。

にゃにゃーん!
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「新潟かんほろ」は、原則として第2、第4金曜日にアップします。2回目は「戦没画家金子孝信と沼垂ビール」の予定です。
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https://note.com/kanhoro/n/na93782270aa5