新潟のうまい酒と肴(さかな)を求めてふら~り、ふらり。酒席で人生の多くを学んだ新潟日報社の森沢真理・特別論説編集委員が、酒や肴、酒にまつわる出会いをつづるコラムです。にゃんこの「おかみ」もご一緒に!
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本コラムには、ぜひ登場してもらいたい人がいた。「大衆食堂の詩人・エンテツ」こと、新潟県南魚沼市(六日町)出身のフリーライター、遠藤哲夫さん。同郷の大先輩だ。何年かぶりに連絡しようとしたら、前立腺がんと闘病の末、この6月に亡くなっていたことが分かった。
78歳。ショックだ。六日町の大衆食堂「万盛庵(まんせいあん)で飲みましょう!」と、約束していたのに。遠藤さんの六日町中学の同級生「エッチャン」がおかみを務める老舗だ。12月初め、万盛庵本店ののれんをくぐった。

懐かしい雰囲気の万盛庵本店=南魚沼市
お店はJR六日町駅から徒歩約7分、魚野川のほとりにある。エッチャンこと、目黒悦代さん(79)が迎えてくれた。
「エンテツ、『ミスター泥酔』ね。うちには年に2、3回来ていた。高千代(南魚沼市の酒蔵)の蔵開きに出た帰りとか。たいがいは、酔っぱらってたね」
遠藤さんは2002年から03年にかけて、新潟日報夕刊にエッセー「食べればしみじみ故郷(ふるさと)」を連載していた。万盛庵も登場する。遠藤家では万盛庵から取る「へぎそば」が、ハレのごちそうだった。へぎは、四角い木の容器のこと。遠藤さんは「あのへぎそばを思い切り食べられるなら、万盛庵の子供になってもいい」と考えたらしい。
さて、何をいただこう。「エンテツさんお好みの肴を」とお願いしたら、あめ色に光る自家製野沢菜漬けと、春に採って保存していた山菜の料理が運ばれてきた。フキノトウみそに、コゴメはショウガじょうゆで。さらにはアユの塩焼きも。魚野川で捕れた天然ものを冷凍していたそうだ。

地物の山菜やアユ、自家製の野沢菜漬け。エンテツさんが愛した料理だ
「山菜はここに来ないと食べられないって、喜んでいた。吟醸酒などでなく、普通の酒が好きだったね。春はカジカ酒、夏はアユの骨酒を楽しんでいた」
エッチャン(そう呼ばせていただきます)が一升瓶から、高千代の辛口を注いでくれた。自分のコップにも、なみなみと。
「献杯!」

アユの塩焼きを食べ終えたら熱燗(かん)をたっぷり注いで骨酒に。このお店では厚めのグラスを使用
エッチャンの飲みっぷりは見事で、気持ちがいい。若い時に万盛庵でアルバイトをしていて、先代の龍昭さんに見初められたとか。

「エッチャン」とコップ酒をいただく。山の幸は懐かしい味だ
野沢菜に山菜、アユは滋味豊か。長男で店主の龍郎さん(58)が「これもお薦めです」と、洋風カツ丼の写真を見せてくれた。龍昭さんは、洋風カツ丼の有名店だった長岡市の「小松パーラー」で修業していたそうだ。
「気取るな、力強くめしを食え!」。遠藤さんの著書『大衆食堂の研究』(1995年)のキャッチコピーだ。「ありふれたものをおいしく食べる」ことが大事なのだ、と言っていた。同感だ。一緒に飲みたかったな。もう一度、献杯。

万盛庵本店の店内。おかみの「エッチャン」こと目黒悦代さん(右)と長男の店主、龍郎さん
◆「普通においしい」ものは「望郷の場」に刻まれた人間の営み
印象に残っているのは、2012年5月のインタビューだ。執筆のテーマに大衆食堂を選んだ理由を聞いたところ「僕が東京モンだったら、関心を持つことはなかったと思う」という答えが返ってきた。
遠藤さんが六日町から上京したのは1962年。東京五輪を前に、東京は建設ラッシュだった。大衆食堂は「高度経済成長時代を支えた『上京者』たちの居場所」「望郷の場」だったという。そこで出される料理を「普通においしい」と表現し、近代の普通の日本人が何を食べてきたかという歴史が「大衆食堂に残されている」と指摘した。
著書で繰り返し訴えていたのは「生活(の中の)料理」の大切さだ。生活料理は遠藤さんが影響を受けた食文化史家、江原恵(えばら・けい)による造語という。

遠藤哲夫さんの著書の一部。近刊は『理解フノー』(2016年、港の人)
遠藤さんはさいたま市在住で、20年4月からステージⅣのがん患者に。闘病生活や食に対する意見を、亡くなる直前までツイッターにつづっていた。
妻の佐千江さん(62)は言う。「本人は新潟日報に連載させてもらった『食べればしみじみ-』を気に入っていました」
今夜は、連載のコピーを肴にしよう。
◎遠藤哲夫(えんどう・てつお)1943〜2022年。法政大中退。1971年より食品・飲食店のプランナー。独自の料理論・文化論を展開した食文化史家、江原恵の影響を受け、江原との共同活動を行う。90年代から大衆食堂についての執筆に携わり、「庶民の快食」を追求。著書に『汁かけめし快食學』『大衆食堂パラダイス!』など。

JR新宿駅西口脇の「思い出横丁」の路地を歩く遠藤哲夫さん=2008年7月
◆[酒のアテにこぼれ話]
遠藤哲夫さんが「心に残る風景」と語っていたのが、六日町の街並みを見下ろす坂戸山(さかどやま)だ。六日町高校で山岳部に所属していた遠藤さんは、坂戸山の頂上へ一気に駆け上るハードなトレーニングを積んでいた。

JR六日町駅から六日町商店街と坂戸山を望む
その山の名前を冠したお酒がある。2017年から南魚沼市の金城酒販は、独自ブランド「坂戸山」と「金城山(きんじょうさん)」を復刻、販売している。製造しているのは八海醸造(南魚沼市)だ。
「坂戸山は辛口の食中酒。冷やと燗(かん)、どちらでもいいですが、今の季節ならお燗で楽しんでほしいですね」と話すのは、金城酒販の店長、大平(おおだいら)君芳さん(66)。刺し身や里芋の煮物、イトウリなどが合うそうだ。金城酒販をはじめ、JR六日町駅周辺で入手できるご当地の酒となっている。

金城酒販の日本酒「坂戸山」。雪で冷やしてみた
◆[訪問とお買い物info]
◎万盛庵本店 南魚沼市六日町1766 午前11時〜午後2時、午後5時~午後9時 定休火曜日 電話025(772)3113。ほかに駅前店もある
◎金城酒販 「坂戸山」は720ミリリットルで1067円。南魚沼市六日町1799の2 定休木曜日 電話025(772)2033
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「還暦記者の新潟ほろ酔いコラム」(略称・新潟かんほろ)は原則第2、第4金曜にアップ。次回は「ナンバンエビの揚げしんじょうと港町新潟」の予定です。
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