
下越地域の各市町村に残る新潟地震当時の広報誌や県資料のコピー。各地の状況を詳しく伝えており、被害が下越の広範に及んだことが分かる
6月16日に発生60年となった新潟地震1964年6月16日午後1時ごろに発生した地震。新潟県沖から山形県沖に広がる断層が引き起こした。震源は粟島付近で、マグニチュードは7・5。新潟県内の最大震度は、当時の観測方法で震度5だった。新潟県の資料によると、県内の死者が14人、負傷者は316人。新潟市では液状化現象とみられる被害で県営アパートが倒壊し、完成したばかりの昭和大橋が崩落した。製油所の石油タンクで起きた火災が約2週間にわたって続いた。は、黒煙を上げる石油タンクなど当時の新潟市の様子が人々の記憶に刻まれているが、被害は新潟市にとどまらなかった。新潟県の資料や当時の下越自治体の広報誌などが地域の状況を伝えている。これらの記事から各地の被害を振り返る。
▽県内最大級の津波・村上
震源は粟島の沖合で、対岸の村上市にも大きな被害が及んだ。気象庁の資料によると、津波の高さは県内で最も高い493センチ(桑川)。岩船港では、波と共に川を遡上(そじょう)した漁船が約500メートル上流の明神橋に打ち付けられた。当時の山北村では70戸で津波による床上・床下浸水が発生。全壊した役場の機能は公民館に移された。
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