
政府や東京電力は需給の逼迫解消や低廉な電気の提供、脱炭素の実現に向け、新潟県に立地する柏崎刈羽原発の再稼働が必要だと訴える。長期企画「誰のための原発か 新潟から問う」の今シリーズでは、国や事業者が「常識」とばかりに並べる再稼働の理由を検証する。(6回続きの1)=敬称略=
2024年4月の平日夜、東京・渋谷。街を満たす光が交差点でごった返す観光客らを照らし出し、昼と見まごう景色が広がっていた。JR渋谷駅前のビルの電光掲示板に「省エネのお願い」のCMが10秒ほど流れた。わざわざ足を止めて眺める人の姿は皆無だった。

多くの人が行き交う渋谷スクランブル交差点=東京都渋谷区
東京から北西に約300キロ離れた新潟県。柏崎市と刈羽村に立地する東京電力柏崎刈羽原発新潟県の柏崎市、刈羽村にある原子力発電所で、東京電力が運営する。1号機から7号機まで七つの原子炉がある。最も古い1号機は、1985年に営業運転を始めた。総出力は世界最大級の約821万キロワット。発電された電気は関東方面に送られる。2012年3月に6号機が停止してから、全ての原子炉の停止状態が続いている。東電が原発を再稼働させるには、原子力規制委員会の審査を通る必要がある。7号機は2020年に全ての審査に「合格」したが、安全対策を施している最中で、再稼働していない。は、1号機が1985年に運転を始めて以降、主に首都圏に電気を供給してきた。しかし東電福島第1原発事故2011年3月11日に発生した東日本大震災の地震と津波で、東電福島第1原発(福島県大熊町、双葉町)の6基のうち1~5号機で全交流電源が喪失し、1~3号機で炉心溶融(メルトダウン)が起きた。1、3、4号機は水素爆発し、大量の放射性物質が放出された。を受けて2012年、全号機が停止。そのままの状態が続いている。
「東日本エリアを中心に電力需給逼迫(ひっぱく)のリスクがある」。2024年3月、経済産業省資源エネルギー庁長官の村瀬佳史(56)は新潟県庁に知事の花角英世(65)を訪ね、柏崎刈羽原発の再稼働東京電力福島第1原発事故を踏まえ、国は原発の新規制基準をつくり、原子力規制委員会が原発の重大事故対策などを審査する。基準に適合していれば合格証に当たる審査書を決定し、再稼働の条件が整う。法律上の根拠はないが、地元の自治体の同意も再稼働に必要とされる。新潟県、柏崎市、刈羽村は県と立地2市村が「同意」する地元の範囲だとしている。に向けた政府方針の文書を手渡して訴えた。
電力の需要が供給力の上限に迫り、余裕がない状態を表す「逼迫」。村瀬が挙げたのは22年3月と6月の事例だった。この年は福島沖を震源とする地震が発生。福島県内などの火力発電所が相次ぎ停止し、東京エリアでは3月に需給逼迫警報、6月には注意報が発令された。村瀬は「日本全体の需給構造の強靱化(きょうじんか)に必要だ」と、強い言葉で柏崎刈羽原発の再稼働への同意新規制基準に合格した原発の再稼働は、政府の判断だけでなく、電力会社との間に事故時の通報義務や施設変更の事前了解などを定めた安全協定を結ぶ立地自治体の同意を得ることが事実上の条件となっている。「同意」の意志を表明できる自治体は、原発が所在する道県と市町村に限るのが通例。日本原子力発電東海第2原発(茨城県東海村)を巡っては、同意の権限は県と村だけでなく、住民避難計画を策定する30キロ圏の緊急防護措置区域(UPZ)内の水戸など5市も対象に加わった。を迫った。

花角英世新潟県知事との面談を終え、報道陣の取材に応じる村瀬佳史・資源エネルギー庁長官=3月21日、県庁
しかし、この主張の妥当性を法政大教授(エネルギー政策)の高橋洋(54)は「全体として発電容量や発電所が足りないわけではない」と否定する。22年は6月に注意報が出された一方、より需要が多い真夏の8月に逼迫しなかったのが理由の一つだ。
22年6月27〜30日は、電力需要に対する供給余力を示す予備率電力の需要に対する供給の余力を示す。10年に1度の猛暑や厳寒時の需要を想定した厳しい条件の下、安定供給には3%が最低限必要とされる。は3%台まで下落した。ただ、需要をみると最大54・9ギガワットで、8月の最大59・3ギガワットを下回っていた。注意報による節電効果と分析される最大4・4ギガワットを加えても、まだ8月と同程度。8月はそれでも差し迫った状況にはならなかった。
背景の一つに、電力の供給を巡る事業者側の都合がある。例年6月は需要が増す夏に向け、補修や点検のため運転を止める火力発電所が多い。さらに22年は地震の影響もあって供給が細っていた。そこに季節外れの猛暑という需要の急増要因が重なった。いわば非常にまれなケースだった。
需給逼迫の回避を唱える国に対し、高橋は「発電所の運用面に見直すべき課題はある」とした上で言う。「原発再稼働の必要性と関連付けるには、論理の飛躍がある」
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